第163話
「……えっ?」
白月の口から、そんな困惑の声が零れ落ちたことには構わず、俺は言葉を続ける。
「お前は、俺と葉原のことを『優しい』と言ったが、それは間違ってる。少なくても俺は、お前に『優しい』と思われたくて何かをしたことなんて一度だってない」
「……何が、言いたいの?」
今度は、先程よりもはっきりと困惑の色が滲み出ているのが分かる。
それならば、いいだろう。
馬鹿な白月でも理解できるように、はっきり答えてやる。
「つまり、お前がさっき口にした言葉は全部、お前が勝手にそう思い込んでるだけの幻想なんだよ」
一瞬、白月の目が大きく開かれる。
その表情がなんだがとても滑稽で、思わず吹き出してしまいそうになるのを堪えて、話を続ける。
「『優しさに依存してしまう』だとか、『本音を隠させてしまう』だとか、そんなのは全部お前がそう思ってるだけの錯覚にすぎないんだよ。……いい加減気づけよ。一体、何年お前に付き纏われてきたと思ってんだ。6年だぞ、6年! そんな長い間、同じ時間を過ごしてきて、今更『自分のせいで不幸にさせてしまう』なんて言われても、笑うしかねぇだろ」
すると白月は、困惑から怒りへと表情を変え、半歩分足を前に出しながら俺に向かって訴える。
「っ……! 私は、真剣に考えて——」
「……真剣だと?」
白月が発した言葉を、低く重い声で遮る。
そして、目の前に立つ自称『天才』の大馬鹿野郎に向かって、俺は強く言い放つ。
「お前のそれは、運命だの才能だのと何でもかんでも良いように理由をつけて、楽な方に逃げようとしてるだけじゃねぇか。
……あの日だってそうだ。『父親が、周りが……』って他人のことばっかり気にして、お前は自分の本当の気持ちに従おうとはしなかった。……そして今回も。
柏城に言われたから何だってんだ! お前にとって、俺たちの存在はその程度のもんなのか!? 俺たちが今まで築いてきた関係は、あいつの一言で壊れちまうような、脆いものだったのか!? なぁ、答えろよ! 白月!!」
俺はまくし立てるように言葉を並べ、唇を固く結ぶ白月に向かって問いかける。
……なぁ、白月。
俺は、周りの誰かが幸せになる方法を知りたいわけじゃないんだよ。
俺は、お前がどんな時も笑顔でいられる方法が知りたいんだ。
お前が涙を流すような思いをしないと手に入らないような幸福なんて、初めからいらないんだよ。
……だから、白月。
お前の本心を語ってくれ。
お前が——、他の誰でもないお前自身がどうしたいのか、それを聞かせてくれ!
「……わ、私は……私は……」
しばらく沈黙が続いた後、白月は掠れて震える弱々しい声で、途切れ途切れに言葉を発した。
「……ずっと、一緒にいたい」
まるで夏の暑い日に降る雨のような、熱のこもった湿った声で確かにそう呟いた。
それが引き金となり、白月の口からはとめどなく
「……またみんなで、星を観に行きたい。春には桜の下でお花見をして、夏にはまた合宿をしたい。秋には、今度こそみんなで文化祭を成功させたい。それから先も、ずっとずっと、あなたたちと一緒に同じ時間を過ごしていたい……!」
色付いた氷のような瞳からポロポロと涙が零れ落ちては、吸い込まれるように地面へと消えていく。
ただ、白月の強く真っ直ぐな感情だけがそこに残っていた。
「……もっといろんな場所を訪れて、いろんな経験をして、才能に囚われて生きるしかなかった私に沢山の色を教えてくれたあなたたちと、もっともっと、沢山の思い出を作っていきたい!
……けれど、それでもやっぱり怖いの。いつかこの関係が終わりを迎えて、また1人になってしまったときのことを考えると、怖くて怖くてたまらないのよ……」
白月は子供のように泣きじゃくりながら、自分の心の声をそのまま表に出すと、いくつもの感情に支配された顔を再び俯かせた。
俺はそんな白月に向かって、今まで伝えたくても伝えることの出来なかった言葉を、いつの間にか俺の心に棲みつき、寄り添っていたこの想いを伝えようと口を開く。
その瞬間、風が、光が、樹が、空が。動きを止めて刹那の静寂を創り出した。
そして。
「——俺は、お前が好きだ」
街を照らす夕陽のように暖かな色を付けたその言葉は、俺の中に生まれた熱を絡め取り、再び動き出した風に乗って白月のもとへ真っ直ぐに向かっていった。
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