第121話

ビラ配りを終えて校舎に戻った俺たちは、生徒と一般参加者で出来た人の波を越え、そのまま3年3組の教室へと向かった。

人混みに揉まれながらも、なんとかスマホを取り出し時刻を確認すると、現在の時刻は10時52分。最初のプラネタリウム開始まで残り10分を切っていた。


俺たちは急いで階段を上り、3年生の教室が立ち並ぶ東棟3階までやって来ると、合同で映画上映会を行なっている1、2組教室の前を通って『天文部 自作プラネタリウム』の看板が飾られた3組前へとやって来た。

廊下には、俺たちが製作したプラネタリウムを見るために待機していると思わしき来場者が数名並んで待っているのが確認できる。



「……皇くん、現在の時刻は?」


「10時58分。間に合ったな」


小声でそう尋ねてくる白月にスマホのディスプレイに表示されている時刻を告げると、白月はフッと小さく息を吐き、辺りの喧騒を切り裂くように声を響かせた。



「お待たせしました。これより、天文部第1回プラネタリウムを行います」


硝子のように透き通ったその声は、周りの注目を集めるには十分なものだった。次々と顔を上げ始める来場者が白月の姿を瞳に写した途端、彼女の氷のような美しさに目を奪われていくのがはっきりと分かる。

自クラスの宣伝を行っていた生徒たちですら、ほんの一瞬目を奪われてしまうほど、白月は強い存在感を放っていた。



「蒼子ちゃん、すごいね……」


「……あいつを無視できる奴なんて、この世に存在しないだろうな」


周りの目が一斉に白月に向けられている状況を見た葉原の呟きに対し、俺の口から不意に出たその言葉を、葉原は一体どう受け取っただろう。


……白月蒼子が今まで周りから向けられ続けてきた視線、感情。そして、これからも向けられ続けるそれらの意味を込めた一言を、葉原は一体どう受け取ったのだろうか。


そんなことを考えている間に、白月は教室の扉の鍵を開け、待機していた来場者を教室内へと案内しだした。



「俺たちも入るぞ」


そう葉原に声をかけ、天文部特別仕様となった3年3組教室へと足を踏み入れると、教室の中央にでかでかと設置されたプラネタリウムと、それを囲むように壁や黒板に貼られた天体写真を見た来場者の感嘆の声が聞こえて来た。



「ねぇ、これ、この前のペルセウス座流星群の写真じゃない?」


「ほんとだ。よく撮れてるよね」



「プラネタリウムって作れるんだな」


「俺も同じこと思った。すげぇよな」



周りから小さく聞こえてくる感想を耳にするたびに、自分たちの活動の成果が認められたように感じられて思わず頬が緩んでしまう。隣にいる葉原だって、きっと同じように感じているはずだ。


けれど、一番嬉しく思っているのは間違いなく白月だろう。


『天才』と『凡人』の間にある、思想や価値観の圧倒的な違いによって、白月はたった1人の天文部員としてこれまで活動を続けてきた。そんな、部員数の減少により廃部の危機に陥っていた天文部が、こうして文化祭で沢山の客を集められている。

白月にとって、これが何よりもの喜びであることはもはや明白だった。


白月はいつになく柔らかな笑みを浮かべて、口を開く。



「プラネタリウム体験を希望の方は、こちらの用紙に名前を書いてお待ちください。……それでは最初の5名様、中へどうぞ」



そうして校内全体が賑わい立つ中、第1回目のプラネタリウムが始まった。

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