第122話

正午になるにつれて、校内はさらなる盛り上がりを見せた。飲食系の出し物をする団体は、集客の好機と言わんばかりに校内を駆け回り、宣伝に力を入れている様子が見て取れる。


第1回目のプラネタリウムが予想以上の好評を得て無事に終了した後、葉原は「そろそろシフト交代の時間だから」と言って、自分の教室へ駆けていった。3年3組に集まっていた客も昼時ということで、昼食を摂るためにそれぞれ別のクラスへと向かい、教室には俺と白月が残るだけとなった。


俺たちのクラスのシフトは俺が13時から、白月は15時からだったと記憶している。それに第2回目のプラネタリウムが始まるのも14時からなのでまだまだ時間がある。

せっかくの文化祭なのだから、この空いた時間にいろいろと校内を見て周るのもいいだろう。


そんなことを思ってポケットからスマホを取り出すと、俺はSNSアプリを開いて輝彦にメッセージを送った。



晴人『今どこにいる?』


するとすぐに既読が付き、返信が返って来た。



輝彦『誠と2人で2-3のお化け屋敷の列に並んでる。かなり出来いいらしいぞ!』



「マジか……」


思わず声が洩れる。


男2人でお化け屋敷とか想像しただけでキツい。俺の知らない間に、あいつら変な関係になってるんじゃないだろうな……。

そんなことを考えながら、俺は画面をタップしてメッセージを送る。



晴人『それ終わったら連絡してくれ』


輝彦『おう。これ終わったら晴人も一緒に周ろうぜ!』


晴人『了解了解』


輝彦『約束だからな!』



俺はそう言う輝彦に『OK』のスタンプを送信すると、アプリを閉じてスマホをポケットにしまい込んだ。すると、それまで隣に立っていた白月がこちらに目を向けて尋ねて来た。



「……天童くんたち?」


「ん? あぁ。なんか今他クラスの列に並んでるらしいから、あとで合流することにした。お前は誰かと一緒に………………あっ……」


「何かを察した風に声を洩らすのはやめなさい。殺すわよ」


そう言う白月から、怒りも殺意も感じられないのが逆に怖い。まるで人じゃない何かと話しているようにすら感じられる。


そんなことを思いながら、俺は気を取り直して改めて訊き返す。



「……で、どっか気になるところとか無いのか? たこ焼きとかチョコバナナとかフリーマーケットとか……」


すると白月は、何かを考えるように唇に手を当て、それから10秒ほどして再び口を開いた。



「……正直に言うと、プラネタリウムのことばかり考えていたから、他にどんな出し物があるのか知らないのよね」


「……お前、他のクラスや部活の出し物とか興味なさそうだもんな」


確かに、白月らしいと言えばらしいのだが、自分のクラスと部のことだけしか考えていなかったというのは、はっきり言ってアホだと思う。それに、こいつには誰か一緒に校内を周ってくれるような友人もいないし、このままだと次のプラネタリウムまで動かないでいるなんてこともあり得る。


せっかくの文化祭、流石にそれは勿体なさすぎる。


あれだけ文化祭を楽しみにしていた奴が、あれだけ成功を願っていた奴がそんなんじゃ、こっちも心の底から文化祭を楽しむことが出来なくなってしまう。


今だって、顔には出さないようにしているのだろうが、きっと “あの日” のことを気にしているんだろう。

……もし、この場から俺がいなくなって1人きりになれば、こいつがどうなるかなんて簡単に予想がつく。



「全く……」


俺はそう呟いてから長く息を吐き出し、白月に向かって口を開く。



「葉原の……」


「…………えっ?」


「葉原の接客振り……見に行ってやらねぇとな」


それだけを告げて、俺は再びポケットからスマホを取り出す。


別に誰かにメッセージを送るわけでも、時刻を確認するわけでもなく、ただ、今の俺の表情を白月に覗き見られないようにするために、意味もなくスマホの画面をジッと見つめる。


わざわざはっきり言わなくても、白月なら俺の言葉の意味をすぐに理解するだろう。


そんな言い訳じみたことを考えながら、ただひたすらに白月の返事を待つ。



そして、少しばかりの沈黙が流れた後、白月が小さな笑い声を潜めながらそれに答えた。



「……そうね。葉原さんと、約束したものね」


「あぁ、そうだ。一度交わした約束は守らないといけない。これは常識だからな」


そう言って俺は輝彦にメッセージを送る。



晴人『ちょっと用事できたから、さっきの約束無しで』



そうして、スマホをポケットにしまい込むと、俺たちは一度3年3組の教室を出て、葉原が在籍する1年4組教室へ向かって人混みの中をゆっくりと歩き出した。

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