第105話
俺は冷たい汗が頬を伝うのを感じながら、ゆっくりと隣に立つ白月に顔を向ける。
白月はほんの一瞬だけ驚きを顔に出すと、再びいつも通りの涼しげな表情に戻って静かに口を開いた。
「……久し振りね。
白月の発したその一言は、俺の胸にねっとりとまとわりつく不安を、より大きなものにするのには十分なものだった。
……俺の予感はやはり正しかったのだ。
あの日、彼が向けていた色濃い嫌悪や憎悪は作品ではなく、白月蒼子本人に向けられたもので間違いはなかった。
そして、柏城という名の男が向けている侮蔑の眼差しは『俺たち』ではなく、
俺は震える唇で白月に問いかける。
「白月……この転校生と知り合いだったのか……?」
「えぇ……。彼は——」
そう白月が言葉を続けようとしたところで、正面に立つ転校生が「なぁ」とそれを遮った。
「お前、白月蒼子の彼氏か何かか?」
「…………は?」
俺は思わず、半端に開いた口から間の抜けた声を洩らした。
「なんだ? 違うのか? あの白月蒼子と一緒にいるもんだから、てっきりそうなのかと思ったぜ。……っと、そう言えば自己紹介してなかったな。俺は
柏城翔太と名乗る転校生は揶揄うようにケラケラと笑うと、そう言って簡単な自己紹介と気になっていた白月との関係性を口にした。
「小学校の時……ってことは、転校する前の学校でってことか」
「そういうこと。……で、結局お前らはなんで一緒に行動してんだ? 友達……なわけねぇよなァ? あの白月蒼子に友達なんて出来るわけがねぇもんなァ!」
柏城の言葉からは、隠す素振りも見せない棘のようなものを感じる。一体、何が彼をそこまで駆り立てるのだろう。ただ『天才』が憎いというだけで片付けるには、強すぎる感情に思える。
そんなことを考えながらも、俺はなんとか冷静を保とうと柏城に向かって口を開く。
「……俺は皇晴人。白月とは同じクラスで、一応同じ部に所属してんだよ」
多くは語らず、最小限の事実だけを伝えた。
余計なことはなるべく話さない方がいいと、俺の中の何かが静かに語りかけてくる。
すると、それまで俺に対しては揶揄うような笑みを浮かべていた柏城の表情が、突如として曇りだした。
「……部……だって?」
「あ、あぁ……」
なんだ。
一体、どうしたんだ。
何かまずい事を口にしてしまったのか……?
俺たちの周りだけ、まるで時が止まってしまったかのように静寂が支配する。
焦りと不安に駆られ、ふと白月の方に顔を向けると、白月は顔に真っ黒い影が射したかのように重苦しい表情で、ただジッと床の一点を見つめていた。
「……白月?」
そう声をかけてみるが、どうやら俺の声は白月の耳に届いていないようだ。
柏城は吊り上がった両目をぐっと細めて、俯く白月に向ける。
「へぇ……部活ねぇ……。随分と楽しい学校生活を送れるようになったみたいじゃねぇか。……なぁ白月」
「…………」
柏城は俯いたまま口を閉ざして沈黙する白月を見て、大きく舌打ちをすると、苛立ちを爆発させるように声を荒げて言葉を続けた。
「人殺しのお前が、楽しく部活動かァ!? なァ!!!」
柏城の一言で、周りにいた他の生徒もピタリと足を止めた。騒めきが波紋のように辺りに広がっていく。
「今、なんて言ったの? 人殺し?」
「えっ、どういうこと?」
「あれ、2組の白月さんだよね……。何かあったのかな?」
そんな会話が、周りからちらほらと聞こえてくる。
しかし、それもしばらくして治り、生徒たちは「関わらない方がいい」というような顔をしながら、再び足を動かし始めた。
そんな中で、俺はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。俺の……、俺たちの学校生活にはあまりにもそぐわないその言葉を聞いて、思わず自分の耳を疑った。
俺は恐る恐る、柏城に向かって問いかける。
「今……なんて言ったんだ……?」
嫌な予感を形取るピースが1つ、また1つと嵌められていく音がする。
すると柏城は、動揺を隠しきれずにいる俺を見てニヤリと不敵な笑みを浮かべると、笑いを押し殺すように小さく呟いた。
「そうか……お前、こいつから何も聞いてねぇのか。……そうかそうか」
「どういうことだよ……なぁ! 白月!!」
俺は胸の辺りから際限なく溢れ出るその感情を吐き出すように、白月に向かって問いかける。
けれど、白月はその長い髪で顔を隠すように俯くだけで、俺の問いには一切答えようとしない。
「白月……」
柏城はそんな俺と白月を見て軽く息を吐き出すと、唇の端を上げながら、俺の知らない白月蒼子の過去について、ゆっくりと話を始めた。
「……いいぜ。知らねぇなら俺が教えてやるよ。そいつが……『天才 白月蒼子』が犯した、絶対に許されない “罪” をなァ!」
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