第106話
彼、柏城翔太には1つ年下の妹がいた。
彼女の名は柏城
いつも穏やかで笑顔が素敵な、絵を描くのが何よりも好きな少女だった。
彼等とよく話すようになったのは、私が小学4年生になったばかりの頃のこと。私の中の才能が少しずつ開花し始め、学校中で私の名前が知られるようになって間もない時のことだった。
クラスの中心的存在だった柏城君に「会ってもらいたいやつがいる」と、彼の妹である美咲さんを紹介された。なんでも、私の噂を耳にして、どうしても会って話したいことがあるとのことだった。
最初は戸惑いはしたものの、結局私は彼の妹である柏城美咲と会うことに決めた。
そんな彼女を初めて目にした時の感想を正直に述べるなら、常に何かに怯え、物陰に隠れる小動物のようだと思った。兄である柏城君の背中に隠れ、こちらを覗き見るように顔をチラつかせる彼女からは、弱々しい消極的な思考や雰囲気が読み取れた。
「ほら、隠れてないでしっかり挨拶しろ。話したいことあるんだろ?」
柏城君の言葉で、綺麗な瞳に涙を浮かべた彼女が意を決したように小さな口を開く。
「……こ、こんにちは。……柏城……美咲です……」
それはまるで、春に咲く花のような心地の良い声だった。たったそれだけで、彼女の優しさと純粋さが手に取るように理解できたのを、今でもはっきりと覚えている。
私はそんな彼女の声に口元を綻ばせながら、花を撫でるように挨拶を返す。
「こんにちは。白月蒼子です。……何か、私に話したいことがあるのよね?」
そういう私の問いかけに対し、彼女は小さく頷きを返す。そして足を一歩前に出し、赤らめた顔をしっかりと上げてこう言った。
「あのね……わたし、蒼子ちゃんと一緒に絵が描きたいの」
「……私と……絵を……?」
「……うん。蒼子ちゃんならきっと、凄い絵を描けると思うの。わたし、蒼子ちゃんがどんな絵を描くのか見てみたい……。だから、わたしと一緒に絵を描いて欲しい!」
そう話す彼女からは、先ほどまでの弱々しい雰囲気は一切感じられなかった。
自分が好きなものの素晴らしさを、相手にも知ってもらいたい。こんな世界もあるんだってことを、その身で感じてもらいたい。
彼女からはそんな強い想いがひしひしと伝わってきた。
そうして私は彼女——、柏城美咲の誘いで絵画の世界に足を踏み入れることになった。
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