第99話

8月26日。夏休み最終日。


合宿が終わってからの約2週間は、想像していた通り驚くほどあっという間に過ぎ去っていった。


毎日コツコツ続けていた課題を全て片付け、輝彦や誠と街へ出掛けたり、夏祭りに参加したり。予定の無い日には、1日中部屋で横になっていたこともあった。そんな、何の生産性のない1日も確かにあったけれど、夏休み全体としてみれば、これまでの学生生活で最も充実した夏であったと自信を持って言える。


合宿以来、白月や葉原と直接会うことはなかったが、グループチャットでの連絡は時折行なっていた。葉原からはクラスの友人たちと海へ行った時の写真や花火大会に参加した時の写真と共に、感想を楽しそうに話してくれたりもした。

白月に関しては、ピアノのコンクールで賞を取った時の写真や水泳の大会でトロフィーを獲得した時の写真などが送られてきて、父親との約束通り、自分が本当にやりたいことを見つけるまでの間、しっかり成績を残せるよう励んでいるようだった。


2人とも、それぞれの夏をしっかり過ごせているのだと思うと、何だかとても安心して思わず頬が緩んでしまう。


そうして貴重な1日1日はどんどん過ぎ去って行き、気がつけば夏休みも最終日となった。



見上げる空はまだまだ蒼く、夏の強い日差しをそこら中に振りまいている。


昼に聴こえる蝉の大合唱や、夜に聴こえる鈴虫の綺麗な鳴き声、陽光に照らされてアスファルトに映る木々の濃い影が、まだまだ夏は続くと告げているようにも思えた。



きっと、この夏が終わってからも輝彦や誠たちとくだらない話で笑い合い、白月や葉原とあの場所でいつも通りの同じ時間を過ごしていくのだろう。


俺も白月も今まで過ごせてこなかった分の青春を取り戻すために、残りの高校生活全てを使って、時に笑い、時に言い合いながらも『普通』に近い高校生活を送っていく。

『天才』だから、『凡人』だからといった考えはすでに過去のもので、とっくに終わった話なのだと、そう自分に言い聞かせて——。




……けれど、白月にいくつもの才能を与えた神は、彼女が『普通』の人生を歩むことを決して許すことはなかった。


神は整いつつあった歯車の中に、取り除くことは出来ない大きな “異物” を放り込んだ。


それは後に白月だけでなく、俺にも影響を与える存在となり、いくつもの遠回りを経てようやく築き上げたこの関係を悪戯に掻き乱していく。



この時の俺は、そんなことを考えることすらしなかった。これから始まるのは、喜びと笑顔と充実の毎日だと、そう信じて疑うことをしなかったのだ……。



そんな高校2年夏休み最後の1日を終えて、俺の知らない白月の過去を巡る “罪” と “贖罪” の2学期が静かに幕を開けた——。

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