第98話
8月14日。合宿最終日。
今日は朝から気温が高かった。蒼く広がる夏の空から燦々と降り注ぐ陽光が地を焼き、肌を焦がす。ジィジィとけたたましく鳴き続ける蝉の声は骨に良く響き、時折グラウンドや校舎から聴こえてくる他部の活動音がやけに心地いい。
そんな外の様子を伺いながら、俺たち天文部は合宿所の管理人に3日間の礼を兼ねて挨拶を済まし、本校舎3階の天文部室へとやって来た。室内は窓が締め切られているせいで非常に蒸し暑く、嫌な熱気が肌をぬるりと包み込む。
「……あっつ」
思わずそう口にするが、言葉にしたからといって別に気温が下がるわけでもない。ふと隣に目をやると、白いオフショルダーのブラウスにデニムのミニスカートという一見涼しそうな格好をしている葉原も暑さで項垂れている。
それに対し白月は、特別通気性が良いというわけではない学校指定の夏服を着ているにもかかわらず、まるで暑さなんてこれっぽっちも感じていないような表情で、部屋の窓を全て開け放った。
俺と葉原は白月が部屋の窓を開けている間、部屋の中央に設置されているテーブル席に腰を下ろす。錆びたパイプ椅子にはほんのりと熱が残っていて、臀部からじわじわと体全体に暑さと不快感が広がっていく。
いい加減、うちの学校も全室に空調設備を完備した方がいい。
そんなことを考えていると、窓を開け終えた白月がテーブルの真横に立ち、席に座る俺たちを見据えて口を開いた。
「さて。まずは2人とも、3日間合宿お疲れ様。合宿中に怪我人や病人が出なくて本当に良かったわ。当初の目的だったプラネタリウム制作や天体観測も無事に終わって何よりね」
白月はホッと一息ついて笑みを浮かべる。
「3日間、あっという間だったねぇ……。でも、この3日間で沢山の思い出作れてホントに良かった!」
「テスト期間中は実際よりも長く感じるのに、合宿は本当にあっという間だったな」
「来年の合宿は、どこか遠くに出かけるってのもいいよね!」
「そうだな。時期が近づいたら、今度は3人で改めて計画立てるか」
「うん。そうだね!」
そう言って葉原は、暑さすらも忘れてしまうほどの満面の笑みを浮かべて頷いた。
今回の合宿は、ほとんど白月が1人で計画したものだ。事前に何も知らされていなかったとはいえ、全て人任せにしてしまったのは正直悪いと思っている。だから、来年は部として計画を立てて合宿を行いたい。
「これで今回の合宿は終了だけれど、夏休みが明けて2学期が始まれば、今度は文化祭がやって来るわ。この合宿で得たものを、文化祭でしっかりと展示発表出来るように、気を引き締めていきましょう」
「そうだね。せっかく頑張って作って、良い写真もたくさん撮れたんだから!」
「えぇ。葉原さんの言う通り、この合宿を無駄にしないためにも文化祭を成功させましょうね」
白月が言うように、凪ノ宮高校の文化祭は夏休みが終わってすぐに行われる。クラスとしての出し物の他に、部としても展示や発表会が行われ、クラスの出し物については1学期の時点で大体がクラスが何もやるかをすでに決めている。夏休みの後半にもなれば、文化祭の準備を進めるために学校に集まって活動する生徒も増えることだろう。
何はともあれ実績のない天文部としては、文化祭が唯一の活動発表の場となる。再び廃部の危機に晒されてしまわぬよう、合宿で得たものを良い形で公表したい。そんな想いを込めて、俺は口を開く。
「そうだな。何のトラブルも無く文化祭を迎えられるよう、出来る限りのことをしていこう」
夏休みも残すところあと2週間。
この2週間も、きっと想像しているよりずっと早いスピードで過ぎ去っていく。
そんな限りある時間の中で、あとどれくらい思い出を作ることが出来るだろう。
課題を済ませ、友人たちと何処かへ出掛け、自分のやりたいことに目一杯挑戦する。この夏期休暇をただの長い休みにするのではなく、有意義な時間にするために、俺たちは残りの2週間をどう過ごしていくのか真剣に考える必要がある。
2人はそんな俺の言葉に強く頷いて返す。そして、ゆっくりと呼吸を繰り返してから白月が合宿を締めくくる一言を静かに述べた。
「それじゃあ2人とも、改めて合宿お疲れ様。2学期、再び学校で会えるのを楽しみにしているわ」
開け放たれた窓からは、陽の香りを乗せた風が静かに入り込んで来て、俺たちの体に纏わりついていたものをまとめて取り払っていく。
「蒼子ちゃんも晴人くんも、怪我とか病気しないように気をつけてね! 」
「葉原もな」
「うん!」
そう言って、最後までハキハキと返事を返す葉原を見てから席を立つと、俺は2人に向かってもう一度口を開く。
「それじゃあ、また学校で」
「えぇ……、また」
「うん! また学校で!」
***
季節は夏。
見上げる空はどこまでも蒼く広がり、白く輝く太陽を遮るものは何もない。
遠くから聴こえる耳心地のいい管楽器の音色が。
濃紺の空を勢いよく駆け巡る、ペルセウス座流星群が。
決して色褪せない、尊い時間の煌めきが——。
俺たちの記憶の中に共通の思い出として刻まれていることを確信しながら、天文学部の天体観測合宿は静かに幕を閉じたのだった。
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