第100話

約1ヶ月ぶりの教室は相変わらず賑やかで、あちこちから笑い声と共に、夏休みをどう過ごしたかについての話が聞こえてくる。



「てか、課題やった?」


「昨日オールして終わらせた……」



「そういえば夏休み中、海行った?」


「行った行った! めっちゃ日焼けしたわ!」



そんな会話に耳を傾けながら座る俺の元でも、それと同じような会話が繰り広げられている。



「なぁなぁ、2人とも課題全部やってきたか? 俺、古文のテキストやるの忘れてたわ……」


「僕は3日前にちょうど全部終わらせたよ。結構課題多かったよね」


「俺は1週間くらい前に片付けておいた。最終日になって課題に追われるとか嫌だったからな」


「マジかよ、すげぇなお前ら。……ところで、俺の古文のテキスト手伝ってくれない?」


「「断る」」


俺と机の右側面に立つ霞ヶ原誠は、そう言って机の正面に立つ天童輝彦の申し出に対して断固拒否の意を示す。俺たちも苦労して課題を全て片付けたのだから、輝彦にも同じ苦しみを味わってもらわなければ不公平だ。


そんな想いを込めての一言がかなり効いたらしく、輝彦は呻き声を上げながら、がくりと項垂れる。



「新学期初っ端から叱られるとか、ついてないわぁ……マジで……」


「自業自得。でもまぁ、少しの猶予はあるわけだし、死ぬ気でやればなんとかなるよ。……そんなことよりさ、例の噂聞いた?」


「……噂? 何だそれ」


「やばいやばい」と呟く輝彦に少しばかり励ましの言葉をかけた誠が、コソコソと秘密めいた話をするように小声でそう囁いた。俺と輝彦は、その“噂”が一体何のことを指しているのか検討もつかないといった風に首を傾げてみせる。


すると誠は「やっぱりまだそんなに広まってないんだ」と一言呟いてから、ゆっくり話を始めた。



「今朝、職員室の前を通った時に聞こえてきたんだけどさ、今日から隣のクラスに転校生来るらしいよ」


「隣? ……3組か?」


「いや、1組。こんな時期に転校して来るなんて珍しいよね。もしかしたら、1組の方では話題になってるかも」


転校生……。

確かに、高校で転校生がやって来るというのはなかなかレアなケースのように思える。小中学校と違って、編入試験を受けなければならないため、手続きが非常に面倒だ。


この凪ノ宮高校は、県でも名の知れた進学校というだけあって、試験もそれなりに難しい。そんなこの学校をわざわざ選んだということは、きっとそれなりの理由があるということなのだろう。


そんなことを考えていると、先程まで意気消沈していた輝彦が目の色を変えて尋ねてきた。



「で、その転校生って女子? 女子だろ!? なぁ、そうなんだろぉ!?」


「いや、性別までは知らないよ。HR終わってから、静かに確認しに行けばいいんじゃない?」


「んー……まぁ、そうだな。2人も一緒に見に行こうぜ」


完全に野次馬根性になっている輝彦が、声を弾ませて俺たちを誘って来る。



「えぇー……。転校生も、パンダみたいに大勢の人からジロジロ見られるの気分良くないでしょ」


「だーいじょうぶだって! チラッと見るだけだから。なっ?」


「……だってさ。どうする晴人」


困り顔の誠に答えを求められた俺は、しばらく考えてから口を開く。



「まぁ……不審に思われない程度ならいいんじゃねぇの?」


うちのクラスに転入してくるというのであれば確かに興味も湧いてくるが、隣のクラスへと転入となると、それほど深く関わることもないため、正直どうでもいい。


しかし、輝彦にとってはどうもそうではないらしく、俺の返答を聞いた途端に満面の笑みを浮かべて、小さくガッツポーズをしてみせた。



「よっし! それじゃあ、HR終わったら廊下に集合な」


「はいはい」


「おう」


と、そう返事を返したところで、ちょうど始業の鐘が校内に鳴り響き、それまで席を立っていたクラスメイトたちはそれぞれの席へと戻り始めた。そして、鐘が鳴り終わると同時に教室前の扉がガラガラと音を立てて開き、約1ヶ月ぶりに姿を見る担任が教室内へと入ってきた。



「おー、おはよう。元気にしてたかー?」


そう言って、生徒名簿を手にした担任は教壇に上がって1人1人出席確認をしていく。そして、全員の出席が確認できたところで、2学期最初となるHRが始まった。

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