第69話

遅れてやってきた輝彦と合流してから市街地へと足を運び、当初の予定通り俺たちはボーリングやカラオケ、アーケードゲームなどに興じた。


どの学校も夏休み中ということで、行く先々で同年代の客を多く見かけ、ボーリング場の次に行ったカラオケボックスでは、偶然にも同じクラスの男子グループと遭遇し、共に流行曲やネタ曲を披露しあったりした。


その後はカラオケボックスで遭遇した男子グループと共に近くのゲームセンターに立ち寄って、チームを組んで対戦をしたり、野郎だけでプリクラを撮ってみたりと、それなりに楽しい時間を過ごした。



輝彦と誠と3人で出かけることは以前にも何度かあったが、その他の連中と学校以外で同じ時間を共有するということがほとんどなかったため、なかなかに新鮮な経験だった。それと同時に、今まで過ごしてきた学生時代のほとんどを勉強に費やしてきたことを少し後悔したりもした。


こうして彼らと時間や感情を共有していると、改めて自分は『凡人』らしい普通の学生生活を送れているんだなと、少しの安堵感に包まれる。



そんなこんなで楽しいと感じる時間は早く進み、気がつけばあれほど強く輝いていた太陽もその勢いを弱め、気温も徐々に下がってきている。日が長くなったことで、まだまだ空には明るさは残っているが、時間のサイクルは変わらない。


時刻は17時を回り、どうせならファミレスで夕食でも食べて帰るかと話をしていたところで、スマホを確認していた誠が思い出したように顔を上げた。



「僕、そろそろ予備校行かなきゃ」


「誠、予備校行ってんのか」


誠の口から出た意外な言葉が気になったのか、輝彦が尋ねる。すると誠は、スマホをポケットにしまいながらその問いに答えた。



「まぁね。高2の夏から予備校通い始める人、結構いるみたいだよ」


「マジか」


「僕、成績も並みだから、今のうちから色々と準備しておかないと、あとで大変なことになりそうだからね」


親に無理矢理行かされて、という感じではなく、あくまで自分の意思で予備校に通っているということに俺は素直に感心した。



「誠はちゃんと自分の将来考えてんだな」


進路だの将来だのと言った話は来年になってからでも遅くはないだろう、などと考えている俺とはまるで違う。誠はしっかりと自分自身を理解し、自分のために選択して行動を起こしている。


そんな誠は、少なくても今ここにいるメンバーの中では最も輝いていて、それと同時に少し遠くの存在になったようにも感じられて、僅かばかりのもの寂しさを覚えた。



「『将来』なんて大層なものじゃないでしょ、別に。……それに僕が予備校行き始めたのは晴人がきっかけだし」


「俺……?」


これまた意外な発言に思わず首を傾げる。



「晴人が何かを成し遂げようと毎日努力している姿を見て、僕も晴人までとはいかなくても少しは本気にならないといけないなって……そう思ったんだ」


そう言って真っ直ぐな瞳を向けてくる誠を見て、俺は前に白月から言われた言葉を思い出した。




『——皇くんが今まで続けてきた努力は、貴方に関わった全ての人が認めている』




今まで、白月に勝つためだけに必死で勉強してきた。そんな俺の努力を、頑張りを、誰かが認めてくれている。そして、それが誰かの心を動かし火を付けた。


その現実に、他でもない俺自身が一番驚いた。それと同時に、今までの努力は決して無駄ではなかったんだと、改めて白月に諭された言葉を頭の中で反芻した。


胸の辺りで熱く渦巻いている感情の名は知っているし、言いたい言葉だって沢山あるはずなのに、それが口から出てこない。


どうしたものかと、未だに賑わうゲームセンター内に目をやると、それまで話を聞いていた輝彦が口を開いた。



「晴人も誠もすげぇよ。ちゃんとやることやってて。俺なんか、夏休み課題だってまだ全然手ぇつけてないぜ?」


そう言ってゲラゲラと笑う輝彦に、他の奴らも「俺も俺も」「課題なんてやってられっかよ!」「とにかく遊ぶべ!」と次々に声を上げる。



そんな輝彦たちの楽観的で賑やかな雰囲気に俺と誠も思わず笑みが零れる。


輝彦のような、周りを盛り上げ自然と笑いを起こすやつが側にいなければ、きっと今頃俺は鬱にでもなっていたところだろう。


いつでも明るく、常に人の心に寄り添い、少しのことじゃ落ち込んだりはしないところが輝彦の良いところで、こいつが持つ天性の才能なんだろうなと、俺は輝彦の魅力を再認識した。

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