第68話
待ちに待った夏休みがスタートしてから、今日でちょうど1週間。暦が変わり8月に入ってからというもの、ずっと猛暑日が続いている。
駅前にあるカフェチェーン店のカウンター席から見上げる青々とした8月の空には、じりじりと身を焦がすような白い太陽が浮かび、駅前を闊歩する人々の影を色濃く映し出している。
そんな陽炎立ち上るアスファルトの上を、額に汗しながら行き交う人々をぼーっと見つめ、「冷房の効いた店内にいても外の暑さがよく伝わってくるんだから、これは地球温暖化が進行しているという事実を認めざるを得ないな」などと考えていると、隣に座る中性的な顔立ちをした男子高校生がおもむろに口を開いた。
「今月に入ってから熱中症で亡くなった人、20人だってさ」
「マジかよ。まだ8月入って3日目だぞ。日本大丈夫か?」
「このまま行くと、数年後には夏の平均気温が40度近くになるかもね」
「おいおい勘弁してくれ……」
個人的には寒いより暑い方がまだマシだが、流石に限度というものがある。いつか本当にそんな日が続くことになるなら、おちおち外出も出来なくなってしまう。
俺は目の前に置かれたグラスを手に取りストローを咥えると、グラスの中に入ったアイスコーヒーで乾いた喉を潤す。
「……ってか、輝彦は? あいつ今どこにいんだよ」
「今駅着いたってさ。もうすぐ来るんじゃない?」
隣に座る男子高校生——、霞ヶ原誠は片手でスマホを操作しディスプレイを確認しながらそう答えると、空いている方の手でグラスを掴み、残り僅かのアップルティーをストローで吸い上げた。
***
今日はクラスメイトである天童輝彦たちと前々から計画していた『夏休みの予定消化日その①』で、現在俺と誠は待ち合わせ場所に指定された駅前のカフェチェーン店で計画立案者の輝彦を待っているところだ。
時刻はもうすぐ13時。
待ち合わせに指定された時間から、かれこれ30分以上も経過している。昼時ということもあってか、店内には客が溢れかえっており、おそらくこれからも続々と客が来店してくることだろう。あまり長居しても店の迷惑になる。
俺は氷が溶けてすっかり薄まってしまったアイスコーヒーを口にしながら、心の中で「早いところ来てくれ」と遅れている輝彦に呼びかける。すると、まるでその声が届いたかのようにカウンター席正面の窓硝子に、息を切らせた輝彦が現れた。
輝彦は窓の向こうの俺たちに気がつくと、にこりと微笑んで片手を上げる。
「何笑ってんだあいつ……」
「とりあえず、僕たちも外出よう。輝彦への説教はその後ってことで」
「そうだな」
俺たちはそう言って、空になったグラスを乗せたプラスチックトレイを返却口へと戻すと、そのまま店を出た。
冷房の効いていた店から外に出ると、むわっとした熱気が体全体を覆い、暑い空気が肺に入ってきた。引いたはずの汗がまた滲み出て来る。
嫌な暑さだと思いつつ、燦々と降り注ぐ陽の光を手で遮りながら空を見上げると、予定の集合時刻を大幅に遅れてやってきた輝彦が少しも悪びれる様子もなく声をかけてきた。
「いやぁ〜、悪りぃ悪りぃ! 駅のトイレ使ってる間に電車発車しててよぉ。それでちょっと遅れちまった!」
「トイレなら電車の中にもあるだろ」
「いや、急を要する事態だったんだよ。……やっぱ、家出る前に食った消費期限切れのおにぎりが悪かったのかもな……」
そう言って眉をひそめる輝彦を見て、俺と誠は呆れたように深くため息を吐く。
輝彦は、そんな俺たちの気持ちなどこれっぽっちも知らないというように、けろっといつもの能天気な表情に戻り、口を開く。
「まぁ、いいや。それより早く行こうぜ。最初はボーリングで良かったか?」
「うん。……あ、遅れてきた罰として僕と晴人のボーリング代は輝彦が払ってね」
「えっ、何それ。聞いてないんだが……」
「人を待たせたんだから、それくらい当然でしょ」
ナイスな提案を言ってのけた誠に、心の中で「よくやった」と賞賛を送っていると、輝彦は嫌そうな顔をしつつも「分かった分かった」と渋々その提案を呑んだ。
そうして俺たちは夏香る炎天下の中、娯楽施設が集まる市街地に向けて足を進めた。
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