第70話

結局、「夕食はまた次の機会に」ということで、予備校へ向かうという誠を見送ると同時に、俺たちはゲームセンター前で解散することにした。



「じゃーな、晴人」


「おう」


駅へ向かう輝彦と短い挨拶を交わして別れた俺は、薄紅色に色づく街を少し歩いて帰ることに決め、輝彦とは反対方向に足を踏み出した。


アスファルトや建物の外壁には、昼間たっぷりと浴びせられた陽の温度が未だに残っているようで、曝け出している肌がジワリと汗ばむ。


やっぱりもう少し日が落ちるまでどこか冷房の効いた室内で待っていた方がいいだろうか、などと思いながら街を歩いていると、とあるテナントビルが視界に入ってきた。ビルのエントランスには、『第42回学生美術展』と書かれたポスターが貼られている。


特別絵に興味があったわけではないが、入場無料ということもあり、日が落ちるまでの時間つぶしには最適だと踏んで、俺はそのテナントビルに足を運んだ。



館内は思った通り冷房がしっかり効いていて心地いい。それに、俺の他にも絵を見に来た客は何人かいるが、誰1人騒ぐこともしないので非常に静かで落ち着いている。


俺は入場口で受付の若い女性からパンフレットを受け取ると、絵が展示されているフロアへ向かって静かに足を動かす。そうして絵が展示されてあるフロアまでやってくると、絵画はそれぞれ白いパーテーションに飾られており、絵画と共に絵のタイトルと内容、作者の名前が記載されているのが確認できた。


1枚1枚よく見ていくと、絵の種類は風景画や人物画、静物画に心象風景画と様々で、作品のタイトルや込められた意味などを考えながら見てみると、さらに深く考えさせられるものが多くてなかなかに面白い。


そして何より、それらを描いたのが俺と然程歳が変わらない少年少女だということに驚きを隠せなかった。


世の中にはまだまだ自分の知らない世界がいくつも存在して、それらに己の全てを賭けている者も多くいるのだと、改めて思い知らされた。



そうして、しばらく展示場を歩いて見て回っていると、一際目を惹く作品があることに気がついた。



「すげぇな……」


俺は “それ” を見て思わず声を洩す。



四角く縁取られた横長のキャンバスに、青や黄、薄桃色で荒れ狂う波のような、全てを包み込む雲のような、強く繊細な曲線がいくつも描かれている。

そして、その絵の中心には背を向けてうずくまる少女の姿がある。


絵の知識が皆無と言っても過言ではない俺ですら、その絵が放つ強烈な存在感をひしひしと感じることができた。


これはもはや絵ではなく、 “一つの世界” と言ってもいいだろう。それほどまでに魅力的で、凄みを感じる完成された作品だった。


ひょっとしてと思い、受付で貰ったパンフレットを確認すると、やはりそこには最優秀作品としてこの絵が紹介されていた。


絵画の天才というのは、性別年齢、絵画の興味ある無しに関わらず、見る者の心を魅了する作品を描くのだなと感心しつつ作品の概要に目をやると、作者名の欄によく知る人物の名が記載されていることに気がついた。




作品名『孤独な蒼の光』


作者名 『白月蒼子』




思わず目を疑って2、3度その名前を繰り返し黙読する。


けれど、何度見返してもそこに書かれているのは俺がよく知る『天才』の名で間違いはなかった。


……いや、同姓同名という可能性も大いに考えられるんじゃないか?


そんなことを考えながら、もう一度作品に目を向けようとしていると、背後から聞き覚えのある声で呼びかけられた。



「——珍しいこともあるものね。一体何をしてるの? こんなところで」


その声に反応して振り返ると、そこには最優秀作品を描いた張本人、白月蒼子の姿があった。

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