第13話

「……おきて……すめ……くん」



声が聞こえる。

耳元で誰かが何かを囁いている。


それから右肩に軽い衝撃。

叩いたり、揺すぶられたりを繰り返されているようだ。



「起きて。皇くん」


今度ははっきりと声が聞こえた。俺を呼んでいるのは白月だ。


俺はゆっくりと目を開ける。まず視界に入ってきたのは照明の暖色系の光。それから、俺の顔を覗き込む白月の表情。


「やっと起きたわね。よく眠れたかしら?」


「……まぁな」


どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。俺は寝ぼけた頭で眠りに落ちるまでの記憶を辿る。


映画の序盤の方は辛うじて記憶に残っているから、おそらく中盤に差し掛かったあたりで眠ってしまったのだろう。


全く勿体無いことをした。1000円も払って良い席を選んだってのに、映画の内容をほとんど覚えていないなんて……


まぁ、それだけ気を張って疲れてたってことだから仕方がない。


……ところで、俺は一体何に対してそんなに気を張っていたのだろう。


もう一度、記憶を遡る。今度は上映よりも前。


確か、何か大きなトラブルが発生していたはず。


俺はビデオを巻き戻すように記憶を辿っていく。


そこで漸く思い出した。この映画館で誰を見かけたのか。


「……っ!あいつらは!?」


そう言って反射的に後ろを振り返る。


しかし、そこには輝彦と誠の姿は無かった。


というか、俺と白月以外の人物が劇場内には見当たらない。


不思議そうに辺りをキョロキョロと見回す俺に対し、白月が解答をくれた。


「『あいつら』が誰のことを指しているのか定かではないけれど、みんなもうとっくに帰ったわよ」


「だから、誰もいないのか。……なぁ、白月。後ろの席に座ってた奴らに声かけられたりしなかったか?」


そう尋ねると、白月は眉をひそめて首を傾げる。


「別に、誰にも声かけられたりしてないけれど」


「そうか……なら、いい」


何とか2人に気付かれずに乗り切ることが出来たらしい。


俺は静かに長い息を吐くと、過ぎ去った脅威に対する安堵で椅子の背もたれに体を預けた。肩の力がゆっくりと抜けていく感じがする。


すると、そんな猫のように脱力しきった俺を見て、白月が口を開いた。


「さて、私たちも早く出ましょう。シアター清掃の邪魔になるわ。主に皇くんが」


「そうだな。その一言のお陰で目が覚めたことだし」


余計な一言を忘れずに付けてくる白月に皮肉を込めて言葉を返し、俺は席を立った。

続いて白月も席を立つ。


そして、俺たちはそのまま誰もいなくなったシアターを出ると、パンフレットやポスター、マグカップなど様々なグッズが売られている物品販売コーナーを抜け、エスカレーターで下の階へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る