第12話

これはまずい。

非常にまずい。


さっきのフードコートでの事件なんかよりよっぽどまずいことになった。


もし、俺が白月と一緒にこんなところにいるとあいつらに知れたら……


きっと、明日から教室に俺の居場所は無くなっていることだろう。



「ねぇ、さっきから何をしているの? 不審者ごっこはお家に帰ってからしてもらえるかしら? あと、気安く触らないで。凡人が感染るわ」


2人から身を隠すため、とっさに白月の背後に回った俺に対し、まるで服についたゴミを払うかのように呼びかける。


俺より10cmほど小さい白月の陰に完全に隠れるには少し腰を落とさなければならず、必然的に白月の服を掴むことになる。



「いいから少しの間匿ってくれ!」


「匿うって……あなたもしかして既に何かやらかしたの? 最低ね。軽蔑するわ」


軽蔑なら前からされている。

いや、今はそれどころではない。


あいつらに見つかることなく、上映時間約90分をどう乗り切るかが先決だ。


運の悪いことに、2人の席は俺たちの1つ後ろの列。

不用意に身動きを取ればすぐさま見つかってしまう恐れがある。


けれども映画が始まれば、劇場内の照明は落ちて辺りは薄暗くなる上、人の視線は自然とスクリーンの方に誘導されるため、見つかる確率も格段に低くなる。


問題は上映終了後だ。


あいつらが劇場内を出る前に席を立ってしまえば、それまでの苦労は水の泡。最後の最後まで油断してはいけない。



俺は頭の中で綿密に作戦を組み立てると、白月の背に隠れながら席に移動する。



「皇くん。それ、余計に目立っていると思うけれど」


「俺のことは気にするな。それよりお前も顔隠せ」


「は?どうして?」


「お前さっき自分で言ってただろ。そこにいるだけでお前は目立つんだよ。だからさっさと顔隠せ」


「……チッ」


今、舌打ちのようなものが聞こえた気がするが気にしないでおく。



白月はしばらく悩んでから小さく溜息をつくと、心底嫌そうな顔をしながらも持っていたハンドバッグを顔の真横に持ってくる。すると、白月の小さな顔は見事にハンドバッグの陰に隠れて周りからは一切視認できなくなった。


「助かる。そのまま席まで移動してくれ」


俺の指示に従って、ハンドバッグで顔を隠しながら移動する白月の後ろについて歩く。


輝彦と誠は会話に夢中でまだ俺たちには気づいていない。そんな2人の前を通ってなんとか無事に席まで移動することができた。


そうして椅子に腰掛けると、溜まりに溜まった疲れが波のようにドッと押し寄せてくる。

上映前からすでに疲労困憊で、リラックスして映画を観れる自信がない。


そんなことを思っていると、右隣に座る白月が口を開いた。



「私と一緒にいるところを見られるとまずい人でもいたの?」


「まぁな」


「……彼女?」


「なわけねぇだろ」


「でしょうね。じゃなきゃ、私の誘いを素直に受けるわけがないもの」


「いや、彼女がいようがいまいがお前の誘いは普通に断りたかった」


「それなら無理に来なくても良かったのよ?」


「……お前まさか、自分がどうやって俺を誘ったのか忘れたわけじゃないよな?」


「はて、何のことかしらね。そんなことよりほら、そろそろ始まるわよ」



白月がそう言うと同時に劇場内の照明が落ち、辺りは暗闇に包まれた。そして正面のスクリーンには映像が映し出され、上映中の諸注意や広告などが流れ始めた。


周りから話し声は一切聞こえず、皆スクリーンに注目しているのが分かる。



俺は後ろの列に座る輝彦と誠を気にしつつ、隣に座る白月同様、映像が映し出されているスクリーンに目を向け、本編が始まるその時をただひたすら静かに待った。

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