第10話

揚げたて熱々のフライドポテトが男の襟首から服の中に入り込み、男は悶絶しながらそれを取り出そうと飛んだり跳ねたりを繰り返している。


その様子を窺いながら、俺は彼らに対し言うべきセリフを言ってのける。



「『何やってんだ』はこっちのセリフなんだが。こんな人目につく場所で女1人相手に乱暴するとか、よっぽど溜まってんだなぁ……何がとは言わねぇけど」


「お前ぜってぇぶっ殺す!」


「おー、こわ。俺じゃ、あんたらに勝てる気もしないから、ここは大人しく警備員の方に任せるわ」


そう言って俺が指差した先には、ちょうど巡回でやってきた屈強な警備員が佇んでいる。


警備員の方もこちらに気がついたようで、険しい顔をしてゆっくり近づいてくる。


一歩、また一歩と近づいて来るたびに男たちの顔に動揺が浮かぶ。


「っ……クソッ!次会ったとき覚えとけよ!」


俺とこちらに近づいてくる警備員を交互に見比べた男たちはそんなテンプレートな捨て台詞を吐くと、警備員から逃げるようにフードコートから立ち去っていった。


「何か、トラブルでもあったのかい?」


「いえ、何でもないです。お騒がせしました」


事情を尋ねてきた警備員に一言述べて頭を下げると、警備員も再び巡回に戻っていった。



去って行く警備員の後ろ姿を見つめながら、俺は小さく長い息を吐く。



危なかった……


正直フライドポテトをぶん投げたときはかなり焦った。


無意識下の行動とはいえ、明らかにやばそうな雰囲気の男たちに噛みつくような真似をするなんて、我ながら馬鹿なことをしたと思う。ちょうどいいタイミングで警備員が来てくれて本当に助かった。



なんとか最悪の事態を回避することが出来た安堵感に胸を撫で下ろしていると、席に座る白月が俯きながら小さく何かを呟いた。


「…………う」


「は?よく聞こえないんだが」


「……ありがとうって言ったのよ」


おそらく、白月と出会って初めて受けたであろう感謝の言葉に、俺は驚きと少しばかりの感動、そして得体の知れない不気味さを感じた。


「おう……」


その言葉になんと返すのか正解なのか分からなかった俺は、結局そんな曖昧な返事をする。



「それにしても、まさか皇くんにあんな度胸があったなんて思いもしなかったわ。凡人でもやれば出来るのね」


「度胸なんてものは、あいにく持ち合わせてねぇよ。てか、元はと言えばお前があいつらにあんな態度取るからだろ」


「私、間違ったことなんて一つも言ってないし。身の程も弁えずに声をかけてきた彼らに非があるのよ」


「そうかも知れねぇけど、他にも言い方があっただろ……」


全く反省の色を示さない白月は拗ねるようにそっぽを向く。



呆れた俺は持っていたトレイを机の上に置くと、床に散らばったフライドポテトを拾い上げる。


「え、もしかしてそれ食べるの?『犬になれ』とは言ったけれど、流石にそこまで再現されるとこちらとしても困惑するというか……」


「食べねぇよ。このまま散らかしておくのも気分悪いから片付けるだけだ」



今さっきの出来事をすっかり忘れてしまったかのように罵る白月に呆れながら、拾ったフライドポテトを近くにあったゴミ箱に捨て、ようやく席に着く。


なんだか余分なカロリーを消費したような気がして余計に腹が減った。一刻も早く胃に何か入れないと、今後の活動に支障をきたす。


俺はトレイからハンバーガーを一つ手に取り、包み紙を剥がしてそのまま勢いよくかぶりついた。


向かい側に座る白月はその様子をただ呆然と眺めている。


「食わねぇのか? ……まさかとは思うが『口に合わないから買い直して来い』なんて言わないよな?」


あれだけのことがあって、今からもう一度買い直してくるなんて無理だぞ。

何より、さっきの騒動で周りからは変な視線を痛いほどくらってる。


出来ればもう後ろは振り返りたくない。


そんなことを思っていると、白月の小さな口がゆっくりと開いた。



「……いえ、なんでもないわ。いただきます」


白月は俺の見様見真似で包み紙を剥がし、ハンバーガーにかぶりつく。


すると一瞬、白月の表情が明るくなったように見えた。


顔を覆っていた厚い氷の膜がゆっくりと溶けていくような、そんな暖かみのある人間の表情。



「もしかして……お前、ハンバーガー食うの初めてなのか?」


「だったら何よ」


「いや、珍しいなと思って」


「馬鹿にしたければお好きにどうぞ」


白月はそう言いながら一口、また一口とハンバーガーを食べ進めていく。


「馬鹿になんてしてねぇし、しようとも思わねぇよ」


そう言って俺も自分のハンバーガーを食べ進める。



6年間、共に学校生活過ごして来て初めて、白月蒼子の人間らしい一面を見ることが出来たと、この時の俺は心なしか安堵していた。

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