前哨戦。

「よう、早田」

「おう……」

朝の日差しが差し込むこの教室で、どこかぎこちない様子の二人。

まぁ、側から見ればそういう風に見えるのかもな。

なんて適当に思いながら、コイツの顔は見ずにじっと黒板だけを見つめる。

そうだ。昨日はあんなことがあって、あんなことを言われて……。


絶対に顔なんか見てやるものか。会話だって、この挨拶以外はしてやらない。

そんな稚児の如き駄々を捏ねることしか、俺には出来なかった。

「……昨日は、すまなかった」

「……」

頭を下げたようだが、俺は意に返さない。

「……あと、これ。昨日のお詫びと言っちゃなんだけど。……脚本、書き上げてきた」

そう言ってワープロで打ったコピー用紙の束を差し出してくる。

「早いなぁ!?」

俺はあまりの出来事に驚き、立ち上がって叫んだ。

自分に向けられる周囲の視線よりも、ましてやアイツの驚いた顔よりも、数枚の紙の束に目が行った。

「……なんだ、いつも通りじゃないか」

「……っ」

クスリと笑って、俺を見上げてくる。呆れと嬉しさが篭った笑顔で、思わず赤くなりそうになる。

少し耳をすますと、周囲の女子集団の会話がちらほら聞こえてきた。

“ねぇ、アレって早田くん? いつも本読んでるかゲームしてるだけの?”

“ちょっと、聞こえるってばぁ。でも、あの二人ってお似合いよね。クラスのはみ出し者同士、さ”

「……クズが」

アイツが低く呻きながら、その集団へ歩いて行こうとする。

俺が腕を掴んで制した。

「……放せよ」

アイツの眼光は鋭く、まるで銀色のナイフの様で直視するのを躊躇ってしまいそうになる。

俺は嘆息することで誤魔化しながら、首を横に振る。

「やめとけ。言ったってどうにもならねぇだろ」

人の悪口を言う人間の末路なんて決まってる。

因果応報。なるべくしてなる。

「……どいつもこいつも、クズばっかだ」


ーーーでも、一番許せないのは私自身だよ。


その先の続きが、俺には分かった。

いや、分かってしまったんだ。

だから俺は何も言えずに、ただ静かに風にふわりと揺れるアイツの黒髪を眺めていた。



「早田……女のほう。75ページ5行目から読んで」

「はい」

アイツの朗読をBGMにして、右手には赤ペン、机には教科書でカモフラージュした脚本を用意し、俺は黙々と修正作業を行っていた。

だが、

「完璧すぎるっ……」

思わず口を押さえて、目を見開きながら唸ってしまう。

全くと言っていいほど、責めようのないストーリー構成だった。

物語とは始まりと終わりを切り取ってしまえば、安直で安っぽくて、所謂テンプレという奴になる。

それを如何に面白く感動させるか、中身を濃くするという重要な役目を、俺はアイツに押し付けた。

それを、アイツは事も無げにやり遂げやがった。心底ムカついたけど、正直言って、俺の理想としていたストーリーそのものだった。

何度でも言おう。コイツのストーリーは完ぺ……

「おい、早田の男のほう!」

「えっ、あ、ハイッ!!」

教師の怒鳴り声に飛び上がる。脚本の内容に感嘆している間に、もう自分に出番が回ってきているらしかった。

笑い声も四方八方から聞こえてくる。

恥ずかしさのあまり、今なら本当に顔から火が出そうだった。

「……ぅ」

縮こまった俺が俯いていると、スッと隣からメモが差し出されてきた。


『60ページの13行目。どうした、緊張して萎えちゃったか?o(^▽^)o』


直筆。しかも後半は余計だし、ご丁寧に顔文字までつけてあった。

「ふぅ……」

らしくない、とでも言いたそうなお隣さんのため息。

『まったくお人好しだな、お前も』

少しだけ吹き出した。

「……そして、私は」

俺は少しだけ目を細め、速度を落とすことなく読み続けた。

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