凡人の俺と、天才のアイツ2
「……なぁ、一姫」
「なんだよ」
コイツは簀の子に座り、壁に背中を預けながら、俺の顔を見てきた。
「……俺、小説書いてるんだけどさ。どうにも、上手く書けないっていうか。上手い言葉が見つからなかったり、ぴったりな描写が思い浮かばなかったりさ。そういう時って、お前ならどうする?」
一瞬の静寂。雨の音がより一層強く聞こえて、耳が痛くなった。
そして、大きく溜め息を吐いたあと、コイツはこう言った。
ーーー決まってる、と。
「……書くよ。どれだけ苦しくても。思い浮かばなくて、死にたくなっても。文章が拙くたって、それしかないだろ? ……こんなこと勝手に言うのはどうかと思うけど、自分の伝えたいことをハッキリ書けるのって、小説なんじゃないかなって思うんだよ、私」
「と言うと……?」
俺の返しに、口元を綻ばせながら答えてくれる。少し照れたような、『ガラじゃないよな』と言いたげな笑顔だった。
「……脚本ってさ、自由に書けないじゃないか? 演者の演技のせいで伝えたいことのニュアンスが変わったり、舞台の上で行うから場面の設定なんかも制約を受ける。……でも、小説は違う。お前自身の世界を、文字という色で、塗り上げることが出来る。
……自由なんだよ、小説ってのは」
「世界を、自分の色に……」
それに、自由。そうか自由なのか。そこに少し合点がいった。
「まぁ、小説の方が想像の余地があって、結構楽しかったりするけど」
一姫は、そう一言付け加える。
確かに、それは一理ある。
昔の話だ。
好きなライトノベルがコミカライズされた時に、原作派か漫画派か、という話を友人とした事があった。
友人は漫画派だった。何が起こっているのかが具体的で分かりやすい、と。
対して俺は原作派だった。確かに具体的で分かりやすいというのも、分かる。しかし、それも込みで想像して楽しむ事が出来るのが、原作である小説の強みではないか、と。
一姫の意見とは若干意味合いが違うのかもしれないが、小説は良い。妄想が捗るなんていうと、中学生かと突っ込まれそうだが、それこそが強みだと思う。
「……それに、上手いヤツは書いてるよ。書いて、書いて、読んで、苦しむ」
一姫が、雨の弱くなった外を眺めて言う。どうやら、そこそこの時間が経っていたらしい。
「書いてるって……。才能があるヤツだけだろ、それが実を結ぶのって。才能のない俺なんかは、いくらやっても、ダメなんだよ」
俺が自嘲してそう言うと、馬鹿野郎と軽い叱責を受けた。
一姫が、俺を睨んでいる。その鋭い視線は、俺の心を深く貫いた。
「……大バカだな、お前。とりあえずいっぺん死ねよ」
「ひでぇ奴だな。何が不満なんだよ」
何が何やら分からず、俺はむくれた。
「……座れ」
また大きく嘆息しながら、一姫が隣をポンポンと叩く。横に座れってことらしい。
俺は重い足を動かして、言われた通りにした。
「……結局、他人に相談しているうちは、お前はひよっこの域を出てない。卵のままだ」
「何が言いたいんだよ」
「上手いヤツは私なんかに相談するよりも、自分で何度も書いて書いて、攻略法を導き出してる」
簀の子がガタッと揺れたかと思うと、一姫が立って俺を見下ろしていた。
「……だから、人任せはダメってことだ!」
その顔はどこか吹っ切れたかのように、ムカつくけどいい笑顔だった。
「そうかよ。まぁ、ありがとな」
一姫は、ああ、と頷く。
「明日、楽しみにしてろよ? そこそこのモノを書いてきてやる」
俺は楽しみにしてるよ、と微笑んだ。それからゆっくりと立ち上がり、外に出た。
鳥の囀りが聞こえてきた。雨の匂いがまだ少し残っていて、僅かに湿気がある。
この笑顔がそうさせたのか。
それは分からないけど、外にはムカつくほどに綺麗な青空が広がっていた。
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