凡人の俺と、天才のアイツ
俺が書いたのは、いわばタイムスリップものだ。突然数十年後に飛ばされた主人公が、元の時代に戻ろうと奮闘する話。
主人公の性別は、まぁ、男だろうと女だろうと物語の進行に違いはない。だが、問題点が一つ。この年頃だからなんだろうか。やたらと恋愛要素を入れたがる連中が多いのだ。
そもそも、彼女いない歴=年齢の俺にとって、恋愛モノを書くというのは、実にハードルの高い出来事なのに。
「……最悪だな」
鏡に映った自分を確認する。髪の毛は少しボサボサで、色白で痩せていて、メガネを掛けた自分の顔。浮かない顔なのはいつものことだけど、今日は一段と気分が沈んでいるように見えた。
顔を洗い、水を止める。冷たい水が、沈んだ意識を覚醒させる。
「……図書室、行くか」
この後で特にやる事と言えば、まぁ、小説を書く程度か。そう、俺は小説を書いている。休日は一歩も外に出ずに、黙々とパソコンの前に向かい続けている。
コツコツ、と靴が地面を叩く。僅かに湿気の含んだ空気が顔に当たって不快だ。
俺は凡人だ。他の人の作品と見比べても、遥かに劣っていると断言できる。他の人の作品を見て、一憂するばかり。一喜一憂の『一喜』が、自分にはない。
変わり映えのしない日常。昼と夜。夜明けと夕暮れをただ繰り返す。
自分の書き上げたものを見ても、心が踊らない。上手い人と自分との違いを考えてみたら、上げてみたら、キリがない。
「……そうだ。アイツなら、なんて言うんだろうな」
早田一姫。
アイツならきっと、『そんな事を気にしてどうする。そんな事を気にする余裕があるなら、もっと磨く努力をしろ』とか言いそうだけど。
そんな想像をして、少し吹き出した。こんな想像ができるなら、まだ自分はまだ余裕があるらしい。
そして、下足箱を通りかかると、外は雨だった。この季節には珍しい、土砂降りの大雨。
傘持ってきてて良かった。
そう思いつつ、図書室の方へと足を向けたその時だった。
「え……」
大粒の雨のド真ん中に、人が立っていた。この大雨じゃ、かなり痛そうだけど。
徐々に近づいて、その顔を伺う。いや、でも、あれって……。
「一姫……?」
さっきまで一緒にいたアイツが、この大雨の中に、寂しげに佇んでいた。
「おーい、一姫っ……!!」
ドアの前から大声で叫んでやる。そして手招きすると、バシャバシャと音を立てて、中に走ってきた。
「はあ、雨、すごっ……!」
息も絶え絶えで、疲れ切っている様子の一姫。寒いだろうとタオルを貸そうとすると、いいって、と言われ突き返された。
「……バスタオルがあるな」
たまたまリュックに入っていたバスタオル。何故かは分からないけど。まあ、何も無いよりマシだろう。
「はい、これでいいか?」
先ほどと同様に突き返されるかと思いきや、コイツはすんなりと受け取った。
「サンキュー……」
「らしくないな。ヤケに素直じゃないか」
「ほっとけ」
一姫は頬を膨らませる。俺の言い方が気に食わなかったらしい。
というか、普通のタオルはダメで、バスタオルはOKって何が基準だったんだ? 大きさ?
「……はぁ、最悪だな。この季節に雨とは恐れ入った。流石は地球温暖化、舐めてたよ……」
ブツブツと呟きながら、バスタオルに顔を埋める。
「……」
コイツに殴られたり罵倒されたりしたという前例があるからか、濡れた制服姿とか見ても、感慨も何も湧かない。口にしたら怒られそうだが。
「雨なんて糞食らえ。無くなれば良いのに」
そう毒づきながら、俺に向かってバスタオルを放り投げてくる。
「サンキュー、助かった」
「お、おう」
バスタオルを受け取り、丁寧に畳んで鞄へ押し込んでいく。
「……ところで、お前はあんな所で何してたんだ?」
「別に。……考え事だよ」
顔が見えなかったからどうかは分からないが、何処と無く投げやりに聞こえた。諦め、なんだろうか?
「なんか失敗したのか?」
「うん? ……いいや、たぶん違う」
「何だよ、曖昧だな」
しかも歯切れが悪いし。自分でもよく分からんっていうことか? 少し気になったので、もう少し聞いてみる。
「その原因は、分かってんのか?」
「まぁ、たぶんな」
「たぶんな、って……」
アイツの視線は、土砂降りの外に向けられている。どこか上の空って感じで、心ここに在らずって感じでもある。いずれにせよ、いつものコイツらしくない。
でも、コイツになら話せるかもしれない。
何故か、俺はそう思った。
多分、外を眺めるその横顔が、その目が、俺に似ていると感じたからだろう。
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