ミスマッチな共同作業
「しっかし、お前も物好きだな……」
「……」
「おい、お前本気か?」
一姫は不機嫌そうに肘をついた。俺はペンを回しながら必死に考えを巡らせる。向かい合って座っているのに、俺との間にあるコピー用紙には一切目もくれない。
「オイ、一姫。お前も考えろよ……」
俺はコイツの態度に口を尖らせる。まったく、誰のせいだと思ってるんだよ、誰の。
放課後の教室には、もう誰もいない。時刻は午後5時に差し掛かり、空は曇っていた。まるで今の俺たちを暗示しているみたいで、なんだか気味が悪い。
「そうだな。じゃあ、無難なところから攻めてみよう」
お、珍しくコイツはやる気だ。
「そうだな……」
一姫が俺から紙をスライドして奪い取る。その目は何やら真剣で、俺に期待を抱かせる。
「無難なところ……?」
俺が聞くと、肘をつくのをやめて姿勢を正し、紙にシャーペンを走らせる。
『童話からパクる』
「……」
「……ふぅ」
一姫は書き終えた後、天井を仰いだ。名案を思いついただろう?と言わんばかりの顔をした挙句、
「……これで解決だな」
などと、のたまった。
「いや、良いわけあるかッ!!」
名案ではない、こんなものは愚案だ。俺は怒りを込めて一姫の書いた字を消しゴムで乱暴に消した。
「誰でも思いつくようなことを書くな。第一、オリジナルでって言われてるだろうが」
そう言うと一姫は鼻で笑い、俺にペンを突きつけた。
「あのな。こんなの、残り二週間でやる内容じゃ無いんだよ。なんだって私がこんな目に……」
「いや、お前寝てたじゃないか。それなら、俺は完全にとばっちりだし」
「……同姓同名か。流石に、漢字は違うのが幸いしたけどな」
一姫が後ろの背もたれに体を預け、手をひらひらと振る。あとは任せるということらしい。オイオイ。
「ふざけんな、お前もやるんだよ!」
「 舞台設定とか細かいとこはお前がやれ。私はそれが済んだらセリフを考える。……これで、どうだ?」
「うっ……」
そのままアイツは口元を邪悪な笑みで歪め、得意な顔して椅子に踏ん反り返った。
そこまで言われて仕舞えば、何も言えないだろうが。
「分かったよ、はぁ……」
コイツの存在を改めて疎ましく思いつつ、俺は紙に黙々とシャーペンを走らせた。
せめて、出来のいいものにしたいから、俺に出来ることをやるだけだ。
「おい。一姫、起きろよ」
設定をあらかた書き終えたときには、30分経過していた。目の前の彼女は眠ってしまっていたので、確認してもらうために起こした。
「……ん、終わったか?」
ぐーっと伸びをして、欠伸を噛み殺しながら、俺から紙を受け取る。髪が僅かに乱れていることなどお構いなしだ。
「タイムスリップ……?」
一姫の目の色が変わり、紙を握る手に僅かに力が入っている。一体どうしたというのか。
「……一姫、どうかしたか?」
「……っ、なんでも、ない」
俺の声にハッと弾かれたように顔を上げると、再び紙に視線を戻した。
なんだ? 何でもないと言うが、コイツの態度はさっきと打って変わって落ち着きがない。
「……」
何でもないって言うなら、いいか。
俺は設定資料を読む一姫をボーッと眺めつつ、読み終わるのを待った。
「終わった。まぁ、悪くないんじゃない?」
10分後、一姫が紙を机に置いた。その顔は僅かに綻んでいる。どうやら、本当に悪くはないらしい。
「そっか。じゃあ、セリフとストーリーは考えてくれるな?」
「そうだな。出来るだけメッセージ性の強い奴にして、見る奴を全員泣かせてやろうか」
「おいおい、あんまりやり過ぎるなよ?」
「ははっ、冗談だよ。冗談」
一姫は笑って手をひらひらと振る。
「……」
何だ、コイツ、こんな顔するんだ。意外と可愛い奴だな。……なんて、らしくないことを思った。そもそも、コイツとは妙な因縁が……
「おい」
その声にハッとする。
一姫が教室の外で退屈そうに待っていた。指で鍵をクルクルと回しながら。
「お前、帰らないのか?」
「あ、ごめん」
荷物を持って、早歩きで教室から出る。窓の外は曇り。すぐにでも雨が降りそうなほどに、天気は悪かった。
「じゃあ、閉めるぞ」
教室の明かりが消え、ガチャリと鍵のかかった音がする。
鍵をかける。ただ、それだけのことなのに。コイツの仕草の一つ一つに、妙に惹かれるものがあった。
「それじゃ、おつかれさん」
一姫が手を振って去っていく。職員室に鍵を返しに行くらしい。俺はその背中に、
「ああっ、また明日!」
大声で返事をした。そのすぐあとに、
『声デカイんだよ。バーカ』
と少し嬉しそうな呟きが聞こえたけど、気のせいということにしておこう。
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