第3話 声の主

護身完成!

この俺が更に護身を完成させてしまったのだ。

もうケモノなど相手ではなかった!

次々と自信が湧いてくる。

風呂の蛇口を締め忘れたかのように湯船から水がドボドボと溢れ出ているかの様である。

いつでもいいぜ!

出るなら相手をしてやる!

やろうぜ、本気をよぅ!

ブン殴り合いしようや!

マサカズはそう言い目の前で石のようなころりとした拳を握り見つめている。

心の中で何かが盛り上がり体が破裂しそうである。

少し体が大きくなっているのを感じる。

成長期?

そして体が震えている。

その震えを抑えようと腕を掴む。

お、お、お!

血の匂いが待ちきれず細胞達が暴れてやがるぜぃ!

俺もまだまるくなってないんだな、なぁケモノよ!

唇がしめり上がっていた。

今にもケモノが出てきそうである!

出ろよ、出たかったんだろ、とことん付き合うぜ!

マサカズの顔もまたケモノの様な表情に変わっていた。

…と、いきなり

マサカズ!!!

ビクーン!!

いきなり名前を呼ばれた。そしてパチーン!!!

少し痛みを感じた。

あまりの必然?突然?に一瞬俺の体が宙に浮いた!

舞空術?

おいおいここは技のバーゲンセールかよ!

しかしそれほどいきなりであった。

それよりさっきの音は一体何だったんだろう!痛みは!

誰かに殴られたのだろうか、ダメージは?

膝から下を何かを蹴るように2、3度動かしてみる。

よし!ちゃんと動く、大丈夫、ダメージはない、すでに回復している、まだやれるさ!

何を?…。

しかし誰に殴られたのだろう。

どこを?

今の俺にはどうでもよかった。

今が大事だからである。

確かに俺には敵は多いだろう、そんなことをしてきたのだから、ヤンチャだったから。

その敵に殴られた?

誰だ、しゃらくせぃ、その顔拝んでやる!

目を見開いて見てみる。

心眼ではない。

しかし誰も居なかった。

居なかったというより俺は天井を見ていた。

何故天井?

ツッ!そうか俺は寝ている!

しかしここはどこか!

俺はここを知っている!

見た事のある風景であった。

見た事あるというよりもっと身近な、毎日見ているような。

…。

って俺の部屋じゃねーか!!

マサカズはこの時寝起きである事に気付いた。

あぁ天井!

ん?見える!

さっきまで見えなかった景色が一面に鮮明に見えていた。

4K?

今ははっきり見える、でも何故。

そうか、そうだったのか。

マサカズは何かに気付いた。

へへへ!

と少し照れたように笑っていた。

そうか、さっきのデケー音、ありゃ目クソを破壊して目が空いた音なんだな!

しかし硬さと粘りが融合し、完全体となったあの目クソが。

硬度9Hを遥かに凌駕しているあの…。

11Hか。

残念ながらマサカズにはそれを測る尺は持っていなかった。

うまく言えないが、あれはもう目クソと呼んではいけないのでは…。

それほど強力だったのだ。

フフ!

マサカズは昔を思い出していた。

一子相伝、父ジュウケンが俺にこう言っていたのを。

人間は普段、本来の70パーセントの力しか出せない。

いや、70パーセント出せれば上出来である。

そう、脳がリミッターを掛け、出ない様にしているのだ。

体を守る為にである。

出したくても出せないストレスを抱えた現代人。

そのリミッターを俺は解除してしまった様である。

まんざら無駄ではなかったんだな、親父!、そしてあぁ、ジュリア!

忘れようにも忘れられないみたいだ!

伝承者の宿命か?俺の体に流れる血が、忘れたはずのあの拳を無意識に使ったんだな!

あの殺人拳を。

しかしさっきの声はどこからか!

誰か!

ただその声に聞き覚えがあり、妙に懐かしかった。

あぁ!

俺は思う。

俺はその声を知っている。

何度も聞いている、むしろその声の主に会った事があるのかもしれない。

それくらい懐かしいのである。

一体いつ会ったというのだ、思い出そうとすると母ちゃんのお腹の中で羊水に揺られながらすくすくと育っていたあの時を思い出す。

母ちゃんかぁ、最近会ってないなぁ、今何してるのか?

いつ以来だろうか、思い出せない。

きっと元気にしてるに違いない。

自分の力で生きてくと誓い家を出て行ったのはいつなのか…。

それも思い出せない!

まてよ、母ちゃん?懐かしい声?羊水?

うーん、と思う。

天井?寝起き?

うーん、

と思う。

思い出せない。

まあいい、起きて確かめればいい。

その声の主を拝みに行くかい!

上に掛けてある布団を右手でまくり起き上がる。

まだ布団は暖かい。

めくったことで布団の温度が大気に蒸発していく。

しかし目がよく見える、さっきとは大違いである。

目クソめ!小癪な真似しやがって!

もう目も見える、無敵だぜ!

マサカズは立ち上がった。

すらっとしていた。

マサカズは身長178センチ、体重68キロ。

すらっと見えるのも頷ける容姿であった。

まだ寝起きである為黒のスエットを着こなしている。

どれどれ、生意気に俺の名前を呼びやがって、どこの馬の骨か直々会いにいってやる!

出張だぜ!

と、左手でズボンのポケットに突っ込み金を確かる。

ジャラジャラ、ん、500円!?

充分である。

マサカズが声のもとに足を進める。

一歩、二歩。

その時である。

マサカズ!

歩き始めた二歩目であろうか、地面に着地する前にまた呼ばれた。

ヌグッ!はかりやがった!

マサカズの口から声が溢れた。

不意打ちをくらい一本足のままバランスを崩されていた。

まだ二歩目の足が付いていない、卑怯な!

ヌグッ!

68キロの体を一本の足で支えている為膝が悲鳴を上げていな。

やるじゃない!


次回!

廊下の先、声の主は敵か味方か?

マサカズはその声の主の元へたどり着けるのか?

そして5センチの恐怖とは。

短いようで長い廊下で起きる壮絶なものがたり。

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