第9話「編み出せ!お前だけの必殺技!」

 ――8勝13敗。

 ここ数日、加賀谷輝がフィギュレスで築いた実績である。

 勿論タッグマッチなので、勝利も敗北も彼だけに起因している訳ではない。ただ、要領よくコツを掴んでゆく輝とは裏腹に、特訓に付き合ってくれる四条史香の存在がもどかしかった。

 同時に、自分がそれをフォローできていない事実に愕然とする。

 そのことは、友人の花園薫も口を酸っぱくして言い聞かしてくることだ。


「むう……何故、思うように勝てんのだ。どうしてだ、アスカ」


 腕組み眉根を寄せて、目の前のフィギュドールに語りかける。

 勿論だが、忍者レスラーはなにも言ってはこない。

 あれから何度も、思考ルーチンのロジックを組み替え直した。少しずつだが、アスカはタッグパートナーを助け始めている。史香のドロシーも頑張ってくれているが、勝率は思うように上がらない。

 場所を変え時間を変え、様々なフィギュドールと戦ってみた。

 舌を巻くほど洗練された者達もいたし、話にならないレベルの連中もいた。だが、その誰もがフィギュレスという娯楽の参加者、フィギュレスの一部なのだ。

 そういう存在にまだ、輝とアスカはなれていないような気がする。


「あのさ、輝クン……なんとなーく、ボク思うんだけど」


 輝の自室には今、薫が遊びに来ていた。

 ベッドに腰掛けた彼は、机で相棒に向き合う輝へと言葉を選んでくれる。


「トリッキーな反則攻撃と、テクニカルな技のスピードタイプ……これはいいと思うんだ。あと、タッグにおけるパートナーとの連携、これも少しずつできてきてる」

「うむ。ならば、何故だ……俺様にはなにが足りないのだ」

「ズバリ、輝クンに足りないのは!」


 ぴょん、と薫はベッドから飛び降りた。

 そして、ズビシィ! と輝へ人差し指を突きつける。

 思わずのけぞる輝は、いつになく強気な薫に驚いた。


「輝クンのアスカに足りないもの……それは、必殺技だよ!」

「必殺技……!」

「そう、フェイバリットホールド!」

「フェイバリットホールド」


 思わず輝は、薫の言葉を反芻してしまう。

 それくらい、驚いた。

 こんなにも熱く主張を口にする薫を、初めて見るからだ。彼は万事控え目でおとなしく、輝をいつもフォローしてくれる優しい少年だ。

 そんな薫の目が今、燃えている。

 完全に目が据わっているのだ。


「いい、輝クン! フィギュドールにとって必殺技は、文字通り必殺の技なの!」

「お、おう。そのままだな……」

「必殺技の前に必殺技なし、必殺技のあとに必殺技なし! その必殺技がまだ、アスカにはないんだ」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 凶器や反則攻撃を駆使する、これは輝なりのテクニックの一つだ。あくまで正統派の勝ちに拘るスタイルを、ライバルである有栖星音は貫いている。どれだけ周囲から不人気でも、総スカンを食っても貫き続けている。

 ならば、場をかき乱して盛り上げてやろうというのが輝の狙いだ。

 同時に、アスカには持ち前のスピードとテクニックがある。

 無法な反則殺法の影に、鋭い技の切れ味が見え隠れするのだ。

 だが、それだけだ。

 つまり、器用貧乏で決め手に欠くのである。


「輝クン、因みに生徒会長のアリスの必殺技、知ってる?」

「ふむ、蹴りだな! 俺様とて、奴の過去の試合くらいはチェックしている」

「そう、右のハイキック……恐るべきKO率で、秒殺の山を築き上げた必殺技。その説得力は、AIが放つ時になんらかの補正値を上乗せされてるとも言われてるんだ」

「確かに、あれぞ秒殺姫という貫禄だな」


 ガチガチのセメントスタイルで、相手に全く付き合わない。そうやって星音は、アリスを秒殺姫と呼ばれるまでに研ぎ澄ました。

 洗練された究極のKO生産マシーン、それがアリスである。

 そのハイキックは、様々な局面で多彩なバリエーションを誇る。フェイントや牽制、そしてフットワーク……常に先手を読み切った動作は、全て一撃必殺への布石なのだ。


「ふむ、必殺技……」

「そのフィギュドールだけが持つ、魂の一撃! それがまだ、輝クンとアスカにはないと思う。因みにね、ボクのリンクスは……」


 薫は自分のスマートフォンを操作しながら、試合の動画を見せてくれた。

 薫のフィギュドール、リンクスはアスカに似たタイプである。サイズこそアスカよりやや身長が高いが、ライトウェイトでスピード重視。メキシコ竜のルチャ・リブレと呼ばれる空中殺法を多用し、その姿はまさに舞い踊るような華麗な戦いを見せる。

 輝も随分と参考にさせてもらっているが、本気の試合のリンクスを見るのは初めてだ。


「おお、これは……薫! この試合は!」

「この間、ジャパンリーグのワンナイトトーナメントがあってね。まあ、四回戦で負けちゃったんだけど。あ、勿論優勝は生徒会長のアリスだったよ」

「そ、そうか。で、リンクスの必殺技は――」

「あっ、ここ! ここだよ、見て見て!」


 大歓声の中で、リンクスがニュートラルコーナーを駆け上がる。一足飛びでコーナーポストの最上段に立つや、彼女は宙へ舞い上がった。

 複雑な回転に捻りを加えながら、マットに横たわる相手へと体を浴びせてゆく。

 それが同時にフォールにもなって、すぐにレフェリーがカウントを取り始めた。


「これがボクのリンクスが使う必殺技、カンクーン・トルネードだよ!」

「カ、カカ? カン、クウ……なんだと?」

「カンクーン・トルネード! ムーンサルトプレスの要領で、リングに背を向けトップロープからバク転! 二回捻りを加えて相手に落ちてくの。ボディプレスだね!」

「……よくわからんが、その、回ったり捻ったりは」


 その時、薫は「えっ」という顔をした。

 信じられない、とでも言いたいのか、絶句である。

 そして、次の瞬間にはマシンガンみたいに喋り始めた。


「輝クン、駄目だよ! プロレス技ってのは、見栄えが大事なんだから! あのね、グリグリ回ってギュンギュン捻ることで、華麗な空中殺法の輝きが増すんだよ!」

「そ、それは、威力的には」

「超パワーアップだよ! 回転によって二倍、さらに二回捻りで四倍に威力が増すんだ!」

「……どういう力学の話なんだ」

「それがつまりっ! ロマンてことなのさ」


 ふう、と一気にまくしたてた薫が遠くを見やる。

 よくわからないが、そもそもこのカンクーン・トルネードなる技……寝てる相手は何故よけないのだろう。身動きできないほど痛めつけられているのだろうか。

 輝にはすぐ、リンクスの必殺技を破る方法が思いつくのだが。


「自らの肉体を爆弾として投下する、それはわかる。回転もまあ、いいだろう。だが、薫……俺なら膝を立ててカウンターで蹴りを打ち込むが」

「あ、それは剣山カットって言って、実際にあるテクニックだよ。でも、時と場所を考えて使わないとね」

「いや、使わないとやられるだろ。負けるのがわかってて、技を食らうのか?」

「え? そだよ? プロレスって、自分の力を振り絞る、それ以上に相手の力を引き出すものなんだ」


 ますますわからなくなった。

 つまり、薫の言うプロレスの理想とは、こうだ。

 相手の技を全力で受ける。避けたり返したりもほどほどにして、要所要所で相手の見せ場を作ってゆく。相手と二人で場を盛り上げるのだ。そして、相手の技に耐えてみせる。痛みを表現して、それを克服して戦う姿を観客に見せるのだ。

 相手の100%を引き出した上で、120%の力で勝つ。

 ようするに、伝統芸能じみた「プロレスしぐさ」があるのだ。

 では、星音のアリスのような、容赦なく淡々と相手を倒すだけの試合はいいのか。


「うんうん、それもプロレスだね。輝クン、プロレスは理論や数字じゃないんだ。アリスがガチなら、そのガチに挑んだ上で勝つ。それがプロレスの美学ってものなの」


 力説を追えた薫の顔は、なにやらとても輝いて見えた。

 そして、突然部屋の窓がガラガラと開かれる。


「そうよ、輝! 私もネットでいろいろ調べたわ。それがプロレスなのよ!」

「……ググったくらいでデカいことを言うな、史香」


 隣の家の史香が、また窓伝いに入ってきた。

 彼女はジャージ姿で、ハスハスと二人に近付いてくる。


「薫君、私のドロシーにも必殺技がほしいの。それも……オリジナルホールドをね!」

「わあ、史香さんってば大胆……最初は普通の技を練習させたほうが」

「私のドロシーによる、私のドロシーだけの技。それこそ必殺技にふさわしいわ。という訳で、輝!」


 今度はなんだと、顔をしかめつつ輝は自分を指さした。

 この女はなにを言い出すか、全くもって予想がつかない。

 思えば、幼馴染の仲良し三人組でも、トラブルメーカーは史香だった。いじめられれば助けてやり、転んで泣けばおぶってやる。だが、そんな日々は懐かしく大切な思い出だ。

 だが、こういう目をギラつかせてる時の彼女は、とんでもないことをやらかす。

 そして、輝の予想通り彼女は薄い胸を張って宣言した。


「と、いう訳で! 私のオリジナルホールドを考える特訓、手伝って!」

「お、おう。まあ、なあ……貴様と組んでの負けは、俺様にも責任があるしな」

「結構難しいと思うけど、いいと思うよぉ? 輝クンの必殺技も考えなきゃだし」


 輝の中に、新たな課題が生まれた。

 そう、必殺技……アスカのファイトスタイル、輝の闘志と気概を表現する技が必要なのだ。魂を込めた必殺技は、必ず激闘の中でトドメの一撃足り得るだろう。

 薫も賛成してくれるし、まずは史香と必殺技を考えることになった。

 だが、いきなり初心者がオリジナルホールド……難易度が高くないだろうか?

 オリジナルホールドとは、詠んで時の如く『自分だけが使う必殺技』のことである。プロレス大図鑑に乗ってるような、先達達が力と知恵を結集して編み出してきた技ではない。本当に自分しか使わない、自分だけが使いこなせる技だ。


「よかろう、史香。ちょっと待ってろ、お前にも茶を出してやろう」

「なら、冷たいものがいいわ。それに、あとででいいから早速始めましょう!」

「フン、一丁前に本気という訳か。これは俺様も気合を入れんといかんな」

「でしょ? じゃあ手始めに……輝でいっか。ほら、そこに寝て」


 史香は床を指差し、笑顔で同じ言葉を繰り返した。

 寝て……そこに横になれと言うのだ。

 まるで意味がわからず、輝は薫と顔を見合わせ首を傾げるのだった。

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