第8話「鮮やかに舞い、毒を持って刺す」
生まれ変わったアスカはもう、味気ないフィギュドールではなかった。ロジックを組んでのOSインストールも、外装の組み立てと装着も大変だった。
輝も沢山のことを学んだし、貪欲に情報収集をこなした。
そして今日、ついにデビューの時を迎えたのである。
「ふむ、いい感じにすいているな。では、シェイクダウンといくか!」
放課後に薫と寄ったゲームセンターには、まだ人影がまばらだった。同じ学校の生徒が数人、あとは若者がちらほらいるだけである。ビデオゲームが雑多な電子音で歌い合う中、フィギュレスの
三台ある筐体のうち、一番奥のものが空いている。
輝としては、最初はプラクティスのつもりでコンピューターとシミュレーションをしてみるつもりだ。
ところが、
「ちょっと、輝! いい? 私も……ジャーン!」
もったいぶってから、彼女は
それを見て、驚いてあげた薫はいい奴だと思う。だが輝は、フーンとフラットな表情になってしまう。自分のアスカのことで頭がいっぱいだし、
そう、三人は
新しい物事に真っ先に飛び込むのが、星音。
その舞台で勝負を挑むのが、輝。
そして、流れで始めてしまうのが史香だった。
「……なによ、反応薄いわね。薫君みたいに驚いてくれてもいいじゃない」
「フン、貴様など昔からアウト・オブ・眼中よ。……だが、どうしてもと言うなら一緒に遊んでやろう! さあ、我が妙技の前にひれ伏すがいい!」
史香のフィギュドールは、メイドだ。
どこからどう見ても、メイド服である。
薫は興味津々で、得意げに史香もお披露目している。
わが子のことのようにはしゃいでしまう気持ちが、今の輝にはわからなくもなかった。フィギュドールは、フィギュレスと呼ばれるゲームを遊ぶための道具……しかし、それ以上の存在であるような気さえしてくる。
苦労させられた分、輝もアスカに対して
「んとさ、輝。せっかくなんだし、対戦じゃなくてタッグで遊ぼうよ!」
「ほう? つまり、俺様と組みたいのか」
「なんていうかさ、輝……多分、星音に勝つことしか考えてないでしょ?」
「当っ! 然っ!」
「あのさ、タッグマッチってそうじゃないでしょ? 少し私とタッグの練習しようって言ってるの」
「……まさか、そのためだけに?」
「や、それもあるけど……私もやってみたくなったの。輝、いつもとちょっとのめり込み方が違うみたいだし。さ、私のドロシーと一緒に――キャッ!」
史香のフィギュロイド、ドロシーが床に落ちた。
史香が筐体に近付いた時、他の客が割り込んだのだ。
「おっと、悪いなお嬢ちゃん」
「のろくさしてんなら、俺達が先に使わせてもらうぜ?」
慌てて輝はドロシーを拾った。
無事なことを確認し、史香に返してやる。
思えば、昔からなにかと史香は
そんな
だが、二人組の男達はコインを入れてそれぞれフィギュドールをセットし始めた。
「おい、貴様等……なにか言うことがあると思うが?」
「お? なに、どうしたボウズ」
「へへ、なにか言いたいことでもあるの……って、オイオイ!」
有無を言わさず、輝は財布から出した百円玉を投入する。
そして、赤コーナーに立つお
「貴様等には、俺様の実験台になってもらう。フン、ついでだ……史香、ドロシーで俺と組め! 話はリングで付けてやる!」
男達は顔を見合わせて、笑った。
だが、輝は大真面目である。
そして、苦労して組み上げたアスカにも自信があった。
アスカは今、
おずおずと史香が差し出したドロシーよりも小さくて、まるで大人と子供だ。
「ちょっと輝、私はいいの、だから」
「俺様の気が済まん! と、いう訳だ。貴様も言ったではないか……タッグの練習をしろと」
「でも、いきなり実戦?」
「なに、構わんさ。薫! 史香を頼む。アシストしてやってくれ」
スマートフォンのアプリを起動させ、筐体がAR空間を広げ始めた。あっという間に、リングの周囲が大歓声に包まれる。ネットワークを介して、大勢のファンが見守る公式試合として中継され始めた。
相手の二人組は、受けて立つつもりらしい。
輝より何倍も経験があるだろうし、フィギュドールの調整も万全だろう。対して、ほぼ
だが、ゴングが鳴らされ試合が始まる。
「おいおい、俺ぁ初心者狩りなんざしないんだけどなあ? ええ?」
「安心しろ、手加減してやろう」
「あァ? お前、なに言って……んだ、よぉ! やれ、サンドリオン!」
まずは相手は、貴婦人のように着飾ったお姫様を送り出してきた。きらびやかな衣装は、長いスカートが邪魔にならないようにパーツ分割されている。そして、繰り出される牽制のローキックは、アスカの
だが、ダメージはほとんどない。
アスカは
「ちょっと、輝! 蹴られてばっかよ!」
「今は、いい……よし、アスカ! 組んでやれ!」
蹴りを交えたコンビネーションに、恐らく
だが、アスカのステップがテンポアップすれば、そのスピードに打撃が空回る。
間合いを見極め始めたのか、アスカのAIはガードではなく回避を選択し始めた。
そして、あっさりとキックの弾幕をかいくぐるや、がっぷり四つに組み合った。
初めてのグラップル、そして初めての攻撃が始まる。
「チィ、組まれたか! 小さい身体でチョロマカと!」
「フッ……見るがいい! これが、これこそがっ! この俺様の
アスカはスピーディーな動きで、サンドリオンを投げた。
そう、投げた……勢いを付けて、走らせた。いわゆるハンマースルーというやつで、プロレスでは相手をロープに走らせるのも立派な技である。
だが、アスカが相手を走らせた先に、ロープの弾力はなかった。
「あっ、て、手前ぇ! 汚えぞっ!」
「ハーッハッハッハ! まずは挨拶代わりの鉄柱攻撃よ! そしてぇ!」
ニュートラルコーナーの金具に、サンドリオンが激突する。対角線上を走らされ、鉄柱にしたたかにぶつかり彼女はよろけた。そこへ迷わずアスカは、側転バク転で接近する。まるで串刺しにするような背面エルボーが、
因みに
だが、筐体が映し出す立体映像のレフェリーは、反則カウントを取らない。
次の攻撃でようやく、中年男性の姿をしたレフェリーが駆け寄ってきた。
「ぐっ、今度は凶器だと!? お前っ、まともに戦えっての!」
「フッ……合法! ルール
アスカは相手の頭を小脇に抱えて締め上げる。ヘッドロックと呼ばれる初歩的な技だが……彼女の右手は、
いわゆる
迷わずそれを、可憐な美貌のサンドリオンへと突き立てる。
あっという間に流血試合になり、相手の動きが一気に鈍くなった。
「おい、タッチだ! 俺と代われ!
「クッソォ、こんな雑魚ごときに」
ふらふらと自軍のコーナーポストへ、サンドリオンが駆け寄ろうとする。
だが、アスカは
サンドリオンのバックに回るや、綺麗なブリッジでバックドロップを見舞う。ヘソで投げるというやつで、サンドリオンは脳天からマットに突き刺さった。
次の瞬間には飛び起き、アスカは腕関節を取って締め上げる。
チキンウィングアームロックと呼ばれる関節技で、相手の腕力が徐々に削ぎ落とされていった。
「ええいくそっ、こいつ……まともじゃねえ!」
慌てて青コーナーから、ビキニスタイルの相方が出てきた。
次の瞬間には、アスカは関節技を解くや躍動する。タッグパートナーを助けようとした新手に、まずは挨拶代わりのサミング……目潰し攻撃だ。
古流武術の
一発で相手を止めたところで、
輝が目指した、それは
「よし、史香! 貴様に金星をくれてやる。タッチだ!」
「う、うんっ! なんか、凄いね輝……相棒として申し訳ないというか、恥ずかしいというか……でも、今は相手をやっつける!」
「そうだ! お前を笑った奴らに思い知らせてやれ!」
だが、タッチして交代してから数分で、試合は終わった。
メイド服姿のドロシーは、体勢を立て直した二人にボコボコにされ、フォール負けしてしまったのだった。そして、輝は気付かされた……タッグマッチである以上『相方を助ける』というロジックが必要なのに、それを全く入れてないことを。
輝のフィギュレスデビューは、
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