第5話「秒殺姫アリス」
突然のマッチメイク。
それを提案した
だが、一つだけわかっていることがあった。
それは、
「あっ、ああ、あの、アリスさん!」
「アリスは私のフィギュドールの名だ。まあ、名字も
いつでも
それは、輝が常にチャレンジャーであるからではない……徹底して帝王学を叩き込まれた、良家の
要するに、過剰なまでの自信家だが大物の貫禄があって、オマケにかわいい美少女なのだ。
「では、丁度いい。そこに
あくまで
これが、学園の全校生徒が彼氏にしたいと憧れる、イケメン女子の生き様だ。
すぐに星音は、子供達で賑わう輪の中へ入ってゆく。どうやらすぐに話がまとまって、フィギュレス用の筐体を使う順番を融通してもらえたようだ。
そして、輝は見た。
星音が
ジャパンリーグ最強のフィギュドール、アリスだ。
「さ、やろうか。私は常に本気だが、構わないだろうか?」
「はっ、はいっ! ……その、光栄です。私、ずっとアリスのことが」
「フッ、こそばゆいな。だが、嬉しくもある。さ、君のフィギュドールもセットしたまえ」
あくまで星音は、余裕の態度を崩さない。
千代はどぎまぎと手間取りながらも、先程本屋で使っていたフィギュドールを取り出した。星音のアリスとは対象的に、味気ない黒のレオタード姿である。
アリスは、
だが、千代のフィギュドールと並ぶと、圧倒的な威容に驚かせる。
頭一つくらい、アリスの方が長身だ。
「むっ……体格が絶対的な戦闘力の差とは思えんが、これは」
「まあ、そうだね。輝クン、はっきり言って千代さんは不利だと思う。でもほら、エキシビジョンマッチみたいなものだし。それに……アリスより有利なフィギュドールなんて、この日本には存在しないよ」
薫の言う通りかもしれない。
星音は日本最強のドールマスター、そして彼女のアリスは無敗のチャンピオンなのだ。あらゆるベルトを総ナメにし、今まさに海外のリーグに飛び出そうとしている。
だが、その前に星音は輝を誘った。
自分を宿敵と呼んで挑み続けてくる、輝をタッグマッチのパートナーに指名したのだ。
その意味が、輝にはまだわからない。
それでもゴングが打ち鳴らされれば、初めて見る星音のフィギュレスに答えを求めてしまう。彼女が戦う以上、その先に求めるものは勝利……ならば、それだけは輝と同じだ。
戦うからには、勝つ。
勝つために戦う。
それが勝負というものだ。
「千代さんっ、気をつけろ! 俺様にはわかる……星音は王道、決して卑怯な
そう、戦いには
だから、輝のようななりふり構わぬ戦いはしない。
「それでも、日本最強ならば油断は大敵だ。だから……む? 千代、さん?」
思わず自分のことのように、輝は熱くなってしまった。
輝にとって星音は、超えるべき壁、倒すべき宿敵である。
その存在に挑む者は皆、輝と同じ場所に立ってる気がするのだ。
だが、千代は違った。
彼女の表情には、至福の限りを散りばめた多幸感が
「ああ……私があのアリスと。アリスのドールマスターさんと」
「お、おいっ! 千代さん、いいのか? その憧れの戦いだ、気合を入れねば」
「もう、同じリングに立てただけでも……昇天、しそう、です……!」
「千代さん!」
筐体が広げるAR空間は、先程の満員御礼のアリーナとは違う。まるで、武道の道場のような殺風景な景色を広げていた。雑多なトレーニング器具が並ぶ中で、部屋の中央にはリングがある。
そのリングの上で、アリスと
ゴングが
だが、じゅるりと口元を手の甲で拭って、千代は眼光鋭くスマホへ指を滑らせた。
「証明する……憧れのアリスに、自分の全てを! 私が作った、対アリス用フィギュドール……行きなさいっ、アスカ!」
――アスカ。
それが
千代の声を受け、弾かれたようにアスカが走り出す。
真正面からアリスに突っ込んでゆく。
そのスピードは、先程輝が見せてもらった薫のリンクスを
そう、アスカが強いフィギュドールなのが輝にもわかった。
フィギュレスには
それなのに――
「よし、アリス。いつも通りだ。……圧倒しろ」
トントンと軽くその場で飛び跳ねてから、アリスが消えた。
リングの上に姿が見えなくなったのだ。
それは、アスカが組み合おうと間合いを詰めた瞬間だった。
輝にも見えなかった……恐らく、この場の誰にも。
観戦している子供達だけが、無邪気に「おおー!」と声をあげていた。
ただ、それだけ。
他になにもない。
それだけの一瞬が、勝敗を決めた。
次の瞬間には、アスカはマットに倒れて動かなくなっていた。
「なっ……なにをした、星音! 今、なにを」
「見ての通りだ、輝」
「見えなかったではないか! 見えぬから聞いている!」
それは、アスカに指示を飛ばしていた千代にも見えなかったようだ。かわいそうに、なにが起こったかわからず、彼女は
やはり、一番アスカへ
実際には、アスカはダウンしたまま動けず、ゆっくりとアリスが背を向ける。
自分のコーナーポストに戻るアリスの余裕さ、その
そして、自分の
「そうか、そういうことか……一撃、だと? ただ一度の蹴りで……」
「えっ、輝クン! 見えたの? ボク、全然なにがなんだか」
「蹴りだ、ハイキック……そう、まるで首筋に巻き付くような」
ギシリと小さくロープを鳴かせて、アリスは青いコーナーポストによりかかる。
汗一つかいていないのは、彼女がフィギュドールだからではない。
実際に運動量が最小限、なにも全力を振り絞ることがなかったからだ。
「正面からアスカは組み合おうとした。
輝は気付けば、手に汗を握っていた。
そして、余裕の笑みで
まさに、一撃必殺……一発の蹴りが勝敗を決めた。
千代もようやく、その現実を受け入れたようだった。
そして、輝は現実を認識した瞬間……筐体に駆け寄り、叫んでいた。
「おいっ、アスカ! 立て! 立つんだ! この俺様が言ってるんだ、立つのだ!」
見ていられなかった。
見過ごせなかった。
輝には、いわゆるワンパン
筐体の映し出す立体映像にノイズが走るくらい、叩いた。慌てて止める薫を腕にぶらさげながら。声を限りに叫んでいた。
自分もそうだったから、黙っていられなかった。
それでも、挑むために立ち上がった……負けても、負けで終わらなかったのが輝だ。それを今、小さな人形のアスカにも求めた。自分を重ねて希望をねだるなど、ナンセンスかもしれない。
だが、
「待って、落ち着いて輝クン! アリスは別名、
「ええい、薫! 放せ、俺様は冷静だ! こんなことが……星音が強いのはわかる! だが、そんな星音のフィギュアまでも……これでは!」
気付けば、千代も
彼女と二人、輝は叫んだ。
あらん限りのエールを叫んで、アスカを励ました。
そして奇跡が起こる。
「嘘……ま、待って! データ上は完全に……それに、私の組んだロジックでは」
千代の驚きをよそに、ゆらりとアスカは立ち上がった。
その瞬間、青コーナーからアリスが走り出す。
それが当然のように、星音はスマホをタッチしながら鼻を鳴らした。
かろうじて立ったアスカが、ファイティングポーズを取る。足は震えているのか、
アリスは容赦なく、トドメのハイキックでアスカを沈めるのだった。
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