第3話「人形達の糸が絡まる」
その楽しさと激しさの横では、姉と弟とが
フィギュドールを投げつけられた女性は、
全くもって見ていられない。
親しき仲にも礼儀あり、という言葉もある。
輝には、自分が気に入らないと言うだけで介入する理由は十分だった。
「おい待て、貴様……彼女はお姉さんのようだが、その態度は気に入らんな」
その間に薫が、
薫の優しさはいつだって、輝を助けてくれる。直接自分に向けられれば心が休まるし、他者へ向けられる時は輝に守るべきものを教えてくれた。
正義を気取る訳ではないが、気に食わない。
そして、腕前だけは
正直、ようやくフィギュレスに興味を抱けたような気がした。
「なんだ、あんた。人んちの話に首を突っ込まないでくれるか?」
「ほう? 見過ごせぬ程に無様を
「……喧嘩なら買うぜ? あんた、ここいらじゃ見ない顔だな」
「貴様などに売る安っぽい拳など、持ち合わせてはいない。ただ、無様だと言ったのだ。貴様は、
去りかけた少年は、輝の方へと振り返る。
だが、鋭い眼光に刺し貫かれても、輝は平然と涼しい表情で見詰め返した。
まるで永遠のような、一瞬。
周囲の客も緊張感を感じた、その時だった。
小さな
「アホくさ。悪いが俺は、フィギュレスにしか……アリスにしか興味はない。あんたみたいな暑苦しい奴と関わるなんざ
「ならば、お姉さんに謝ったらどうだ? 女の子を相手にムキになるとは、見苦しい」
薫が「えっ!?」と目を見開いた。
驚きに黙ってしまったが、
――お前が言うな。
そう、いわゆるおまいうである。
日頃から
その輝だが、さらに少年へと踏み込んで語気を強めた。
「お姉さんもまた、女の子! 星音と違って女の子なのだ! 貴様は先程、女の子にやってはならんことをした。俺様はそのことを見過ごせんな」
「――ッ! そうだよ、姉さんは女だよ! あんたに言われなくてもわかる、わかれてしまったんだ! 本当に普通の女の子だって!」
なにかが少年の
彼はギラつく
背後では、彼の姉が「待って、
不意にポケットの中から、携帯電話が着信音を響かせる。迷ったが、
電話の相手は、
「もしもし、俺様だ!」
『俺様だ、じゃないわよ! ちょっと輝、今どこ?』
「商店街の本屋にいる。ちょっと今、取り込み中だ」
『それどころじゃないの! 星音が大変なの、いつものジムまで来て! いい? 大至急よっ!』
一方的に言うだけ言って、史香の電話は切れてしまった。
その間にもう、巧斗の背中は見えなくなっていた。
しかたがないので、輝は先程の女性へと歩み寄る。薫が
いかにも
「すまん、弟さんを引き止められなかったようだ」
「あ、いえ……私こそ、すみません」
「ん、謝ることなどない。俺様が勝手にやったこと。では、急ぎの用事があるので失礼する。薫、今日はここまでだ。また明日、いろいろ教えてくれ。今日は助かった」
先程の電話で、史香の声には
もしや、あの星音に危機が迫っているとしたら……それは見過ごせない。
だが、泣き入りそうな声で女性は呼び止めてくる。
「あ、あのっ! もしよければ、お名前を……私は、
「……俺様は加賀谷輝。そっちは友人の花園薫だ」
なにやら事情があるらしいし、そのことを千代は話し出そうとしていた。
先程の電話が気になるが、勝手に姉弟に割って入り、自分だけの都合で去るのも失礼な話だ。なにより、フィギュドールを両手でギュムと握る千代は、今にも
薫の視線に
「話くらいは聞こう。手短に頼む。もし、俺様にできることがあったら言ってくれ」
「あのね、輝クンはすっごく頼りになるんだよ? ボクも手伝うし! ね、話せば少し楽になると思うしさ」
薫の笑顔でようやく、千代の表情が
それでも彼女は、おっかなびっくりといった様子で話し始める。
「弟の巧斗は、昔から私とフィギュレスを……小さい頃からあの子、ゲームが得意で。それで、ずっと私がフィギュドールの制作と改良を、あの子が操作を」
「ふむ、それで何故あのような
「私の作るフィギュドールじゃ、あの子の理想のスタイルについていけなくて。これじゃアリスに勝てないって」
またアリスの名が出た。
そして、急に千代は身を乗り出して早口になる。
「あの、アリスって凄いんです! 国内に敵ナシ、全戦無敗! しかも、試合開始60秒以内でのKO率は、実に80%を超えます! まさにジャパンリーグの頂点に君臨する女王!」
「お、おう……そうなのか? 薫」
「うん、無敵だよね。たった一つのことを除いて、生徒会長のアリスはあらゆる面で優れたフィギュドールだよ。ボクが戦ったら、100回やっても勝てないかな」
だが、ふと輝は疑問を口にした。
「だが、先程俺様も見せてもらった。その、フィギュレスでは、フィギュドール? は、
「それは違いますっ、輝さん!」
「お、おう」
グイグイと前のめりに、千代が迫ってくる。
その豊満な胸の膨らみが、今にも輝に触れそうな距離だった。
思わず輝も、普段の
「確かにフィギュドールは、設定されたルーチンによって動きます。でも、ドールマスターがやれることは指示だけじゃない……もっと大事なのは、応援なんです!」
「応援? 機械の人形にか?」
「はいっ! フィギュレスが普及して十年以上経ちますが、未だにフィギュドールのAIはブラックボックス……そして、フィギュドールにも感情や意思があると言われてます! この子達はフィギュアだけど、生きてるんですっ!」
グイ、と千代が手にしたフィギュドールを突きつけてくる。
先程、ドールマスターの巧斗が捨てるように投げつけたものだ。見れば、恐らくまだ調整中なのだろう。衣装も簡素で、まるで競泳水着のようなワンピースだ。先程見た薫のリンクスも
そのことに気付いた薫が口を挟めば、
「体格的には必ずしも有利とは言えません! 現に、アリスはかなり絞った身体ですが、長身です。ウェイトだってそれなりに……でも、この子は全く違うコンセプトで作ったんです、私! だって、アリスと同じことをしてちゃ、アリスには勝てないから」
千代の目は真剣だった。
そこには、先程感じた巧斗と同等の強い意思が感じられた。
それはもう、輝にとっては強さそのものだ。
意思は力になる……心を折られぬ限り、負けは終わりではないのだ。負けで終わらせてしまった時、人間は本当に敗北する。
だからこそ輝は、何度も星音に挑んでいる。
見苦しくてもみっともなくても、そうと決めたら一直線だ。
「でも、本当にアリスは凄いんです! とても、凄くて……凄く、好きで。本当に洗練されて、ちょっと、その、洗練され過ぎてますけど。でも、ああいう尖り方に憧れてて! 私にない強さ、気持ちの強さがある気がするんです! ――あっ」
熱っぽくまくしたてていた千代は、不意に自分の言動に気付いて赤くなった。
イキイキとしていたのもここまで、先程同様に自信のなさで本音も本心も覆ってしまう。
「ごめんなさい、私……フィギュレスのことになると、つい熱くなっちゃって」
「いや、
「ふふ、私もフィギュレスだけ、たった一つだけ……でも、その唯一のものがフィギュレスでよかったな、って」
そう言ってはにかむ千代を、ようやく輝はかわいいと思った。
思考と観察で美人だと思っていたが、今は素直にかわいいと感じる。
だが、立ち話もそこまでだった。史香に電話で先程、急いで星音のジムに行くように言われている。星音は宿敵、怨敵、好敵手……そして、幼馴染だ。彼女との戦いに決着がつくまでは、日々を平穏に暮らしてもらわなければ困る。
だが、薫はパム! と手を叩いて笑顔になった。
「へー、生徒会長ってスポーツジムに通ってるんだ。スタイルいいもんね。そだ、よかったら千代さんも一緒に行こうよ! それならボクもついてけるし。えっと、生徒会長ってのは、アリスのドールマスターだよっ」
瞬間、千代は全身が沸騰したかのように真っ赤になった。しどろもどろになって、身体をくねらせ始める。いいから俺様は行くぞ、と言ったその時には……輝はチョインと袖を指で
千代は、憧れのアリスのドールマスターに会ってみたいと目を
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