第2話「今はまだ、ゴング前」
下校時間の周囲には、次々と学生達が
時刻はまだ三時を過ぎたばかりで、誰にとっても楽しい放課後はまだまだこれからだ。
「で、どうだった? 輝クン、生徒会長に勝てそう?」
小柄で
並んで歩く彼は、
今日は私服ではないので、二人が恋人同士に間違われることはない。
だが、よく性別が迷子と言われるだけあって、薫の笑顔は今日も
「ん、それがな、薫。俺様は今度、フィギュレスをやることになった。
「えっと、ゴメン……言ってる意味わかんない。タッグを組んだら、仲間だよ? 戦うわけじゃ」
「俺様があの女と馴れ合うなど、ありえん! ……だが、薫よ」
小さな薫を横に見下ろし、輝は本音を打ち明ける。
本人は全く自覚していないが、輝には友達が極端に少なかった。
だが、輝は
学園中の女子から憧憬の念を注がれても、全くそれを感じぬ残念な男なのだった。
「頼む、俺様にフィギュレスを教えてくれ。薫は詳しいと見たが」
「あ、うんっ! ボクもね、結構やってるんだ。でも、驚いたよ」
「ああ、星音のことか」
「そう! あの最強フィギュドール、トップランカーのアリスを操るドールマスターが……まさかうちの生徒会長だったなんてね」
「アリス? ……ふむ、有栖星音から取って、アリスか」
その名は、このジャパンリーグでは最強を意味する。
今や大人気となったエンターティメント、フィギュレス……フィギュアート・レスリング。そのフィギュレスで、国内無敗のフュギュドールがアリスだ。
そのドールマスターは、あの星音。
彼女は密かに、フィギュレスを
しかし、どうやら隠していた訳ではないらしい。
秘密を握って屈服させる作戦は、先程見事に失敗したのだった。
「そうだ! ねね、輝クン。このあと、
「ん? ああ、時間に余裕はあるが」
「じゃあ、ボクがフィギュレスのこと、教えてあげるっ! ちょっと寄り道してこ!」
ハシッ! と、腕に薫が抱きついてくる。
彼はそのまま、グイグイと輝を引っ張り歩き出した。
これもまた、輝が女子に、それも一部の特殊な層にキャーキャー言われる原因である。世の中には、いわゆる
薫に言われるままに、輝は商店街の方へと足を伸ばしてみるのだった。
学園を出て徒歩で10分程で、地元の商店街を突っ切る形になる。
古くから市民の台所を預かる場所で、近くに大型スーパー等がないこともあって大盛況だ。今どきちょっと見ない混雑ぶりで、その活況の中を歩けば賑わいが心地よい。
輝はようやく薫に離れてもらって、立ち話をする主婦達を避けながら歩いた。
「ほらっ、輝クン! あそこだよ!」
「本屋? ああ、そういえば最近はどこにでも
「そうなの! フィギュレスは今や、ゲームセンターから模型店、デパートの屋上まで! 娯楽を求める場所にフィギュレスあり! だよっ」
フィギュレスは文字通り、美少女フィギュアでやるプロレスである。
必定、四角いリングが必要になるのだ。
そしてそれは、立体映像を投影する
そこまでは輝も知っていたし、実際に子供達が遊んでるのを何度か見たことがある。
薫は本屋に入るなり、奥のスペースへ進む。ゲームアプリや音楽データを売るコーナーの
「じゃあ、ボクが実際にプレイして見せるね!」
薫はこの手のジャンルには詳しい。
アニメやゲームに目がなく、それが男らしくない容姿も手伝ってからかいの対象になっていた。だが、輝から言わせれば、そんないじりなど言語道断だ。いつもいつでも、彼を助けて周囲に苦言を呈する。空気など読まない、空気を読むより友を守る、輝はそういう男だ。
趣味に
それは、これといった趣味を持たぬ輝には
輝の日常は全て、あの星音を超えるために費やされてゆくから。
薫は嬉しそうに
「そういえば、前から気になってたんだけどさ。輝クンって、どうして生徒会長に勝ちたいの? それも、あんなにまでして……親の
「ン、まあ……その、なんだ。……輝きたいから、だな」
「輝きたい……なるほどっ! 確かに、なんでも生徒会長が一番だから、その光が輝クンを影にしてるんだね。万年
なんでもはっきりと言う薫が、嫌いじゃない。
そして、そんな彼がいつでも応援してくれることに、輝は感謝していた。
そうこうしていると、薫は小さなプラスチック製の箱を取り出す。それをアタッシュケースのように開けば、中には
フィギュレス用の美少女フィギュア、フィギュドールである。
「これがボクのフィギュドール、リンクスたんだよっ! どう? かわいいでしょ」
「むう……その、薫よ。俺様、見ててなんだかとっても恥ずかしいんだが」
薫が差し出すフィギュドールは、露出度が際どい。そして、無駄にフリフリな衣装を着ている。胸元や
おまけに、何故かリンクスと呼ばれたフィギュドール……頭にネコの耳がある。
ますますわからないが、薫は気にせず筐体の上に相棒をセットした。
そして、ポケットからスマートフォンを取り出し、専用アプリケーションを立ち上げる。
「操作はスマホのタッチパネルなんだ。
「なるほど、ようするに半分オートで動くということか」
「うん! ちょっと見ててね……スパーリングモード、相手の設定を
スマートフォンを介して、薫が筐体にアクセスする。
光が天井まで舞い上がって、あっという間に卓上をAR空間が埋め尽くした。
そこには、薫の後ろで見守る輝にもはっきりとわかる熱狂があった。
視界一杯に広がるのは、観客で埋め尽くされたスタジアム。その中央にあるリングに、二人の少女が立っていた。ビキニスタイルのお姫様っぽいのがリンクスで、相手は黒いワンピースの簡素なレオタードだ。
どうやらこれから、薫がCPUを相手に戦うらしい。
「
「ほう! では、俺様に存分に見せるがいい。お前のフィギュレスを!」
「もっちろん! いっくよーっ!」
薫がスマートフォンへ指を走らせる。
すぐに小さなフィギュアが動き出した。
リンクスは軽快なステップを踏みながら、CPUの周囲を回り始める。当然だが、割れんばかりの大歓声が輝にも伝わってきた。
互いに距離を
そして、ガッチリと四つに組み合うなり試合が動いた。
小さなAR空間の中では、観客の声援や
「まずは小技、ダメージは低いけど返され
「ほうほう」
「ダメージを負ったフィギュドールへは、大技の成功率がUPするんだよっ」
「道理だな」
「あとは、
楽しそうに声を弾ませ、薫は次々とリンクスを踊らせた。
そう、まるで舞うように戦う。
意思ある生き物のように、リンクスは飛び跳ね、躍動する。身軽さがウリのようで、側転やバク転を交えて、コーナーポストにも果敢に駆け上がる。相手の攻撃を返す時にも、柔軟な俊敏性で華麗に立ち回っていた。
なるほど、わかった。
プロレスそのものだ。
そして、特にそれ以上に感じることはない。
老若男女に大人気で、わかりやすくて単純明快、しかしフィギュドールの改造やロジック構築は奥深そうだ。趣味として没頭すれば、きっと豊かな時間が送れるだろう。
だが、それだけしかわからない。
あの星音がどうしてのめり込んでるかも、理解できなかった。
「……す、すまん、薫。俺様には、その、なんだ」
「ん? ああ、ボクこそゴメンッ! 一人で楽しんじゃった。そうだ、実際に輝クンもやってみようよ! ボクのリンクスたんを使って!」
「い、いや、ええと――」
その時だった。
奥の筐体から、一際大きな歓声があがった。
ちらりと見やれば、どうやらドールマスター同士の対戦が終わったようである。
そして、一組の男女が勝者と敗者に分けられていた。
そこには、カップルや友人同士が持つ親しさがない。そして、
まるでそう、真剣勝負の果たし合いを終えたあとのような緊張感。
輝達と同世代と思しき少年は、自分のフィギュドールを手に取り、それを対戦していた女性へ投げつけた。。
「これでわかったろ、姉さん……こんなフィギュドールじゃ、アリスには絶対に勝てない。姉さんにただ勝てる程度のフィギュドールなんか、求めていないんだ」
どうやら
そのまま彼は、
見送る輝と一瞬目が合って、鋭い視線の刃が光った。それは輝の中に響いて、もやもやした煮え切らない気持ちに点火する。
輝は強者と戦い勝利すること、それくらいしか楽しみのない男なのだった。
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