レッスル・パペット・カーニバル!

ながやん

第1話「輝ける馬鹿」

 加賀谷輝カガヤテルは興奮していた。

 それは、勝利を確信したゆえの慢心、おごりかもしれない。

 だが、お行儀のいい謙虚さはすでに忘れている……何故なぜなら、それは初めての勝利へ繋がる一縷いちるの希望だからだ。

 放課後の校舎、廊下の女子達は輝と擦れ違っては振り返る。

 その濡れた視線も無視して、彼は生徒会室のドアをバン! と開け放った。


有栖星音アリスセイネ! いるな! そうとも、ここにいる……ならば聞けぃ!」


 宿敵にして怨敵おんてき好敵手ライバルの名を呼ぶ。

 目の上のたんこぶというには、あまりにも可憐な少女が顔を上げた。

 生徒会長、有栖星音は執務室に座ったまま、まゆ一つ動かさない。彼女こそが、常に輝とトップを競うこの学園の双璧であり、輝を万年次席ナンバーツーに留めている才女である。

 玲瓏れいろうなる美貌は硝子ガラスのような無表情で、精緻な造形美はまるでビスクドールだ。

 長く伸ばした髪は、外国人の祖父譲りの銀髪である。


「あ、あの、会長……すみません、また輝の馬鹿が」


 かたわらに立って報告書を読んでいた役員の女子が、済まなそうに何度も頭を下げた。彼女も相当な美人だが、究極のラーメンでは至高の満漢全席まんかんぜんせきとは比べられない。ラーメンにはラーメンのよさがあって、人懐ひとなつっこい印象は美しいというよりは可愛く見えるが。

 その少女、四条史香シジョウフミカわびびる一方で輝をにらんできた。

 だが、星音はそっと片手で史香を制する。


「構わないぞ、史香。なに、いつものことだ」

「いつものことだからですよ! もぉ……なんで輝ってば、スポーツと勉強しかできない馬鹿になっちゃったんだろ。昔は少し違ったのに」

「……昔からこうだがな、奴は」


 三人は、幼稚園からの腐れ縁だ。

 世間一般でいう、幼馴染おさななじみというやつである。

 そして、その関係性が始まってからずっと、輝は戦ってきた。あらゆる分野で、星音としのぎを削ってきたのである。

 その星音がやれやれといった表情で立ち上がった。

 氷河の如き鉄面皮ポーカーフェイスでも、輝には彼女のあきれ果てた憂鬱ゆううつが感じ取れた気がした。

 まるで男のようにぶっきらぼうに、学園最強の美少女は言の葉をつむぐ。


「で、今度はなんだ? どんな勝負でも受けるが、負けるつもりはないぞ」

「それはこっちも同じことっ! だが、我等は互いを知り過ぎた……お互い、手の内を全て把握しているはず

「無論だ。お前のことはなんでもお見通しだからな」

「しかぁし! ついに俺様は貴様の秘密、弱点を知ったのだ!」


 つまり、端的に言うとこうだ。

 ――

 おおよそ男らしくない、卑劣漢ひれつかんとさえ言える一種の脅迫だろう。だが、そんな価値観が無意味に思えるくらいに、輝は負け続けてきた。

 敗北の歴史は少年を劣等感でさいなみ、その中で不屈の意思を育て上げた。目的のためには手段を選ばない、そうまでしても勝ちたいと願う相手が星音なのである。

 その星音だが、余裕に鼻を鳴らして動じない。


「ほう、私に弱点があったのか。言え、教えるがいい。公言して流布るふすることを許す」

「クククッ、吠え面かくなよ……星音っ! 完全無欠、誰もが憧れる最強ヒロイン、全女子の理想の彼氏系お姉さま! そんな貴様の秘密、それはぁ!」


 あわわと史香が両者の間で慌てふためいている。

 だが、輝は星音しか見えていなかった。

 そして、星音に自分しか見せない。

 息を大きく吸って、星音を指差し輝は叫んだ。


「有栖星音! 貴様は皆に隠れてコソコソと……こっそりと、たしなんでいるな!」


 その場の空気が凍った。

 唯一変わらないのは、日頃から常に絶対零度の仏頂面ぶっちょうづらを持つ星音だけ。

 目を点にした史香は、何度もまばたきを繰り返した後、ようやく口を開いた。


「フィギュ、レス? フィギュレスって、あの」

「そう! フィギュアート・レスリング! 通称フィギュレス! この女は、絶対無敵のお嬢さまを演じる影で……オタク丸出しの趣味を隠していたのだ!」


 勝った。

 完全勝利、第一部・完!

 そう、今までの輝の人生、苦難と苦闘の連戦連敗編が終わった。これからは第二部、あの星音を超えた男としての順風満帆じゅんぷうまんぱん編が待っているのである。


「えっと、その、フィギュレス」

「そうだ、史香! フィギュレスだ! 人形遊びだ!」

「……そ、それは、意外、だけど」


 、正式名称はフィギュアート・レスリング。

 全高15cm前後の美少女フィギュアを用いて、AR空間で戦われる格闘ゲームである。ドールマスターと呼ばれる参加者は、自分の分身たるフィギュドールを構築ビルド改造カスタマイズして試合で操作する。

 熱狂的なファンがいる一方で、まだまだ一般人には普通な娯楽とは思われていない。それでもプロリーグがあり、深夜のテレビ中継が放送されている。

 そのフィギュレスを、あの星音がやっているのだ。


「どうだ、星音っ! 貴様、この真実を否定できぬだろう!」

「無論だ。否定する必要がない」

「そうだろ、そうだろうとも! アーッハッハッハ! ……あ、あれ? なあ、秘密の暴露ぼうろだぞ? どうした、あせりは! 怒りは! いきどおりは!」

「事実だ。そして……都合がいい」


 意外な反応に輝は面食らった。

 だが、それがどうしたと言わんばかりに、執務机を回り込んで星音が近付いてくる。

 すらりと長身でスタイルもよく、間近に迫られれば胸の膨らみが触れてきそうだ。

 澄み渡る吹雪ブリザードごとき視線が、輝を貫き串刺しにした。


「輝、私に付き合え。丁度、相手を探していたんだ」


 突然の、これは……告白?

 何故なぜか史香だけがバタバタとその場で足踏みしながら身悶みもだえ始めた。

 だが、いつも通りの泰然たいぜんとして揺るがぬ態度で星音は見詰めてくる。


「いちいち説明する手間がはぶけて助かる。そうだ、私はフィギュレスのドールマスター。加えて言えば、トップランカーだ。そこまで知っていての話だな?」

「あ、ああ、うそ……うん、ハイ。そ、そうだったのか。だが、これで貴様の弱みを――」

「では、よろしく頼む。私はお前のしぶとさと打たれ強さ、図太さやえげつなさを評価している。無様ぶざまに足を引っ張るなよ?」


 全く話が読めない。

 だが、一つだけわかったことがある。

 また、輝は負けたのだ。

 気圧けおされるままに、うなずいてしまった。

 詳しい話も聞かずに、彼は敗北を悟った。

 それは、常にラジカルでパワフルな天才少女、星音の言いなりになることを意味していた。

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