第5話汝は何者なりや?
僕は、夢を見た。
これは夢だ。僕が死ぬ間際に、見る夢。
ここは全てが白い。上も下も斜めも何もかもが白い空間。とにかく不思議な空間だった。
唯一白くないのは、僕と。
僕の正面にいる、大きな大きな狼だけだ。その大きさは僕の最低でも三倍はある、紺色の毛を纏った狼。静かに、そこに存在している。
狼はふと、口を開く。
「お前、なにか勘違いしてるみたいだが。ここは夢じゃない。お前自身の精神世界だ 」
と、低くて野太い声がこの空間に響いた。
精神世界?そう言われてもよく分からないな。
けど、夢ではないらしい。でもこの場所があまりに非現実なせいで、本当に夢にいるみたいな気分だ。
「信じないならそれでもいいがな。でもお前って、いや今のお前の名前は何だ?前世の方の名前なら知ってるんだが・・・・」
前世?
どういうことだろうか。いや、その意味は分かる。僕に前世があったのは驚いたけど、でもそれだけじゃない。狼はまるで、前世の僕を知っているような口ぶりだ。
「ベオウルフ。それが僕の名前だけど、前世ってどういうこと? 」
「そのままの意味だ、ベオウルフ。前世のお前の話を聞きたいか?人間のくせして俺様に挑み、あろうことか狼王である俺様の魂を喰ったクソ野郎のことをな 」
ん?
なんだろう。何故かその話は凄く聞き覚え、いや身に覚えがある。
僕が今より幼い頃に、聞いた話?いや見ていたっけ?詳しくは思い出せないが、とにかく覚えがある。
「・・・・あー、そうか。もう少し愚痴りたいことろだが、生憎お前には時間がないみたいだ。ベオウルフ、お前このままだと死ぬぞ? 」
「だろうね 」
全身に穴が空きまくったからな。普通、ただの人間なら死ぬ。
「そういうお前はただの人間じゃないがな 」
「・・・・・さっきからそうだけど、僕の考え読んでないか? 」
「俺様とお前は二つで一つだからな。嫌でも伝わってくるんだよ 」
何それ気持ち悪。
「俺様の牙と爪で切り刻んでやろうか? 」
落ち着け落ち着け。とりあえず、その鋭い牙と爪を元に戻して。その血走った眼とか、フーフー荒い息もやめてくれ。
僕より大きい狼にそれやられたら、本気で怖いんだよ。
「そ、それはともかく、このままだと死ぬって言ってたけど何かあるのか? 」
僕の声が思いっきり震えてるが、気にしない。とにかく今は思考を切り替える時だ。
この狼に言わせるに、僕はただの人間じゃないらしい。
まあ、あの魔狼がただの人間に従うわけもないけど。しかもガルなんか、僕を庇ってくれたんだ。
方法がないと言うなら諦めるけど、何かあるのなら話は別。僕が竜を討つことが出来なくとも、絶対に何かしらの手段で殺してやる。
「あるにはある。でもその代わりに、お前は完全に人間じゃなくなるがな 」
「完全に人間じゃなくなる・・・・? 」
「そうだとも、今のお前は瀕死の重傷。治癒魔法を使える奴が、近くにいるならこんなことをする必要もないがな。・・・・・魂喰いのことは知っているだろ? 」
知っている。
禁忌とされ、忌み嫌われる術のことだ。
「前世のお前はその術を使い、俺様の魂を喰ったんだ。けど人間の肉体に、精霊のなりかけである俺様の魂が入ってきたことに耐えられなかった。だから結局前世のお前は、肉体が崩壊して死んだ。だが、 」
狼は途中で話を区切った。
「肉体は耐えられなかったが、魂は耐えたんだ。人間の魂のくせにだ。お前の魂は、俺様の魂の大部分を吸収して、人間じゃなくなった。僅かに、人間だった頃の原型をどうにか保ってはいるが、お前の魂のほとんどが既に人間やめてるんだ 」
「・・・・・ 」
「で、
「衝撃の事実過ぎて、そこまで頭回らないない 」
「そうか 」
僕がただの人間じゃないことは、薄々分かっていた。
魔狼達が人間である僕に従っていたのには、言い得ない違和感を感じていたし。それだけでなく。魔狼限定にせよ魔物と人間が話ができるのも、本来ならありえないらしい。大人に言われるまで気づかなかったが、ちゃんと考えれば当然の話ではある。
狼と人間じゃ、そもそも種が違うのだから、魔法も使わずに会話ができるなんておかしい話だ。
「魂と肉体は結び付いている。だからお前の体も魂に引きづられて、いつ人間じゃなくなってもおかしくない状況なんだよ。いや、むしろ本来なら、既にそうなっているはずだ。なのにお前は今まで、人間の体でいられている。なぜだと思う? 」
「なぜ・・・・って言われても・・・・ 」
思い当たる節はある。でも、それを僕の口から発してしまったら、それを自分で認めてしまう気がして口をつぐんた。
なんとなく気まずくて、特に理由もなく上に視線を投げた。すると僕は狼と視線が合う。
呆れているような、ウンザリしているようなそんな目をしている。まるで、「知らない振りをするな。気づいているだろ?」とそんなことを言わんばかりに。
「言いたくないのなら、俺様が代弁してやろう。ベオウルフ、お前は人間でありたいんだ。他の人間共と同じでありたい、そう心の底から願っている。だから本質は人間共と違うとなんとなく分かってはいても、姿形だけは同じでいたいんだろ?だから無意識の内に今まで、無理矢理人間の姿を維持し続けてたんだ。・・・・・そんな誤魔化し、いつまでも続くわけないのにな 」
皮肉げに狼は笑う。
・・・・ああ、そうだとも。言われなくとも分かってる。
自分だけ、みんなと違うのはなんとなく嫌だった。
理解できない不可解な事柄にぶち当たるたび、僕はただの人間だと自分に言い聞かせていた。僕自身が普通でないことから目を逸らすために。そうやって、ずっと誤魔化していた。
「その躊躇ってる気持ちを振り払って、竜の一部分を取り込めさえすればこれからも生きていけるだろう。ただし、人間ではなくなるがな 」
えっ、ちょっ!?
人間やめるだけじゃなくて、竜を取り込む・・・・、要は食べろと?確かに、竜は不老不死であるとか言われてるけど。竜は不老不死の妙薬の材料であるとも。
・・・・・無茶苦茶じゃないか、出来るわけないだろ。
「あのなあ、死にかけているやつを生かすんだ。当然、一筋縄じゃいかないに決まってんだろ。不可解に等しいことをやり遂げようとするなら、それなりの無茶も必要だ。あと決めつけたら何にも出来ないぞ?肝に命じとけ 」
「あ、はい 」
凄い剣幕でまくし立てるから、つい返事しちゃったけど。しちゃったけど。
「俺様からの話は以上。後はお前で決めろ、時間もないからな。早めに決めた方がいい 」
・・・・・人間じゃなくなることに、とてつもなく抵抗と不安を感じるし。さらにこの後、竜を食べれるか分からないけど。
でも、あの竜に一泡吹かしてやりたいのだ。その気持ちはどうであれ、変わることはない。
だからもう、僕の中で取るべき選択は決まっている。
どちらの選択を選ぶとしても。どうであれ、人間としての僕は死ぬ運命だから。
「決めたよ、狼。僕は人間をやめる 」
僕なりの精一杯の決意を込めて、目の前に静かに佇む狼に言い放つ。
「そうか。なら前狼王として、現狼王を手伝ってやらないとな 」
「いや、僕狼王になった覚えはないよ? 」
いいんだけど。勝手にそう呼ばれるの、ちょっと慣れ始めてるから。
「竜相手では流石に今のお前では厳しいだろうから、多少は手伝ってやる。
————だから、いい加減目を覚ませ。そして竜を殺って、仇を討れ。ほれ、さっさと行け 」
徐々に、真っ白な空間が崩れていく。
白が黒に染まっていって、僕が僕じゃない何かに変わっていく。押し留めていた、隠そうとやっきになっていた部分と混ざっていって。
こうして俺は、化け物へと変わっていった。
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