第4話遭遇
クルドガルフの聞きたかったことは聞けたので、もう家に帰ることにした。
もしじっちゃんに外に出たことがバレたら、確実に面倒なことになるからね。元々、外に長居するつもりはないのだ。知りたい情報はしれたのだから、あとは家で考えよう。
「悪いけど、ここから僕の家まで送ってもらっていい?竜のことをどうするかは一旦、僕の家で落ち着いて考えたい 」
「はっ、かしこまりました 」
僕の足だと半日くらいにはかかるので、ガルに送ってもらおう。
ガルの手にかかれば、僕の家まで1時間もかからないからだ。あんな通りにくい場所や進みにくい場所も難なく進めるし、しかも寒さにもへっちゃらだ。
本当に魔狼ってすごいと思う。
そんなことを考えながら、僕はガルの背にまたがり。振り落とされないよう、しがみつく。
ガルは僕の準備が済んだことを確認すると、走りだした。
相変わらず速い。景色が瞬く間に変わっていく。この速さなら、かなりの風圧を感じるだろう。けど魔法で風除けを張ってくれているので、あまり気にならない。風魔法を扱う魔物だからこそ、なせる技だ。
「やっぱガルってすごいな 」
「っ!?誠に、ありがとうございます!!」
・・・・ガルさんや、もう少し落ち着いてもいいんだよ。尻尾が千切れないか、見ているコッチが心配になるくらい振りまくらなくても。
ん?いや、待つんだ。いくらなんでも速度上がり過ぎじゃない?もうちょっと抑えようよ。
怖いんだけど。速すぎて怖いんだけど。あと、振り落とされそうで怖い。
「ね、ねぇ、ガル。少しスピード落としてくれない? 」
残念ながら、僕の声はガルに届いていないようだった。
喜んでくれるのはいいんだけど、いくらなんでもこれはオーバーリアクションすぎる。
っておい。どこに向かう気だ?
そっちは家の方向とは真逆の方向だぞ?山の頂上になんか向かってどうする。
しかもよりによって、その方向はクルドガルフがいる方じゃないか。
「ガル!!止まれ、止まってくれ!!! 」
ガルの耳を引っ張りながら、僕の声の出る限り叫ぶ。
そこまでして、やっとガルは動きを止め。周囲を見渡して、ぎょっとしたようにフリーズしてしまった。
「はっ!?気づかぬ内に、こんな真逆の方向に走ってしまっていたのですか・・・・。本当にすみません 」
ポツリと呟くガル。
「やっと元に戻ってくれたか。というか、何でそんな暴走したんだ? 」
「その、あまりに嬉しくてですね。狼王直々に褒められるなど、その・・・・ついつい 」
ついついであの速度を走るのか。ガル怖い。
「えっと、とりあえず来た道を戻ろうか 」
「では我にお乗りください。さっきのような真似は決して致しませんので 」
「本当に? 」
「約束しましょう 」
少しだけ疑いの目を向けながら、ガルの背中に乗る。
と、同時にガルは空を仰ぎ見た。そして、何かを怯えるように体を縮こませる。今までそんな風に怯えているガルなど、見たことがなく。思わずフリーズする僕。
「どうした? 」
「・・・・・上を見てください。そうしたら分かります 」
その声はいつもに増して、真剣そのものだ。言われるままに、空に目線を向ける。吹雪いているせいではっきりとは分からないが、何かがいることだけは分かった。
その輪郭はくっきりと見えないが、僅かに降り注ぐ光を反射して輝いている。大きな翼を空に広げ、悠々と飛んでいた。まるで、大空は我が物だと言わんばかりに堂々としている。
「我も始めて見ましたが・・・・恐らく、あれが竜でしょう 」
あんなもの、僕にどうにか出来る相手ではない。天と地ほどの、いやそれ以上の差がある。僕の本能がそう警鐘を鳴らす。
倒せとは言われてないからどうにかなる、なんて考えた僕がバカだった。あんなものは、人の手にはとてもじゃないが有り余る。
しかも。
「・・・・・あれさ、こっちに近づいてきてない? 」
こくんと頷くガル。
「ですね。しかし、策も何も無しに挑むには無謀な相手です。一旦ここは逃げましょう 」
言うや否や、ガルは走り始める。そして直ぐに、さっき以上の速度まで上がっていく。僕は振り落とされないように、掴まるので精一杯だ。
それなのに。それでも竜から逃げ切れない。距離が延びるどころか、距離が縮まってきている。
僕には上を見る余裕はないが、竜はこちらに殺意を溢れんばかりに放っているので、嫌でも分かってしまう。
多分、竜はもうすぐで僕らに追いつく。
「狼王よ、無礼をお許しください! 」
ガルが叫ぶ。
と同時に、僕は乱雑に振り飛ばされた。
最後に、ガルの姿が視界に映る。竜はガルに、爪を振り下ろそうと振り上げていて。
その後を見ることも叶わず、僕は無様にゴロゴロと雪の上を転がった。そのまま転がり続け、やっと回転が止まり。どうにか立ち上がろうとしたその刹那。
竜が地に降り立つ。竜の重みに耐え切れなかったのか、雪原は激しく揺れ動く。途端に雪が舞い上がり、ただでさえ悪い視界が更に見えなくなる。
そのせいで、僕はまたバランスを崩して倒れてしまう。地鳴りはすぐに収まり、僕はやっとの思いで立ち上がった。
どうにか自分の足で雪を踏みしめて、前を向く。
正面から歩いて20歩程の所に、竜がいる。二本の角と、光を跳ね返す銀色の鱗に覆われ、翼を携えて、四つん這いで体を支える巨大の化け物。鱗の色が違うことを除けば、何もかもがお伽話に出てくる竜と同じだった。
竜は何をするでもなく、僕を見つめている。全身から殺意を馴染ませながら、僕をただただ見ている。
その瞳には、絶対的な殺意と僅かな怯えが混じっていて。まるで、僕を脅威の対象として見ているようだった。
なんで、そんな目をする。僕は非力な人間だ。魔物に対する訓練をしているわけでもなく、人ならざる力を有しているわけでもない。
文字通り、ただの人間だ。後先考えずに飛び込んで、怒られるようなただの人間なのに。
なんでだよ。逆立ちしながら飛び跳ねても、竜と人じゃ埋められない差が確かにある。
なんだって、そんなに警戒するんだ?
僕の心の内に答えるわけでもなく、竜は魔法で大きく尖った氷を作り出した。それも一つや二つなんていう、生ぬるい数ではなく。千や万、億、いやそれ以上。これを無限と呼ばず、どう答えればいいのか。
確実に、僕の息の根を止めるつもりだ。考えるまでもなくあんな数、避けられるはずもない。
氷が射出される。
僕めがけて、無限の氷が飛んでくる。その光景を見て逃げる気すら失せた僕は、足を動かすでもなく黙ってその様を見続けた。
刺さっていく。氷というより、大きくて鋭い針のようだ。
僕の体に無数の風穴が開いていく。赤い液体が、僕の口から開いてしまった風穴から溢れ出す。痛くはないけど、体から温かさが消えていく。前後左右が分からなくなって、そのまま倒れた。
目の前が、視界が、暗く黒く塗りつぶされて。
これから僕は死ぬのだろう。
でも死に対する恐怖よりも、心残りの方が今は強い。
ごめんよ、ガル。せっかく庇ってくれたのに。せめて、この竜に何か一矢報いてやればよかった。
ごめん、僕が弱くて。僕が非力な人間で。
じっちゃん、ごめん。
じっちゃんの言いつけを守ってたら、こうはならなかったのに。
謝り続ける。口を開く力もないから、心の中で。ひたすらに謝り続け。
そして僕は—————、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます