狼王と凍竜

第2話緊急事態

「へきしっ 」



寒っ。

突然入り混んできた、冷たい風が僕を撫でる。その冷気から自分を守る為、被っていた布団にくるまった。


というか、なんでこんなに寒いんだろうか。

寝る前に、ちゃんと窓を閉めてるはず・・・・。いや、閉めたと思う。



「ううーん 」



結局、寒くて目が覚めてしまった。

外はまだ暗くて、夜明けからは程遠い。びゅうびゅうと、窓が壊れそうなくらいに吹雪が舞っている。

ちなみに確認したが窓は開いていない。どうも、この冷気は窓の隙間から漏れているみたいだ。


隙間から漏れただけの冷気が、どうしてこんなに寒いのだろう。それに、いつもと比べて心なしか天気がだいぶ悪いようだ。とても嫌な予感がする。

何もなかったらいいけど・・・・。



「ベオウルフ!起きておるか 」

「じっちゃん、どうしたんだい?そんな慌てて 」



僕の部屋に、慌てたように転げ入る僕の祖父。

じっちゃんは、しわくちゃで、白髪だらけの小柄な人だ。体を動かすより、家でゆっくりと暖炉の前で佇んでおくのがお気に入り。

7年もずっとじっちゃんと一緒に住んでいるけど、こんな慌てているじっちゃんは初めて見た。



「ベオウルフ、よく聞いておくれ 」



じっちゃんは、真剣な眼差しで僕を見つめた。



「ギルド本部から緊急発令が届いた。『ラルク村付近の雪山に凍竜クルドガルフが出現した。地元住民は危険なので、この件が収まるまで外出するな。』とまあ、要約するとそういう事だ 」



ギルドとは魔物の討伐などを司る機関のこと。そして、そのギルドからの緊急発令は人の手に余る強大な魔物が、村や町などの人が住む場所に接近、もしくは襲撃し始めるような時にだけ発令される。

緊急発令なんて、今までの歴史でも数えるほどしか前例がない。レア中のレアだ。


でも、僕が驚いたのは。



「凍竜って・・・・お伽話に出て来る、あの竜なの? 」



竜がこの僕の住む村に、来てしまったということ。正直信じられなかった。


竜とは謎に包まれた存在であり、基本的には人の営みに関わったりはしない。

なので、竜に関する資料はほとんどなく。あるとしたらせいぜいお伽話に、英雄に倒された悪役として登場するくらいだろうか。


どうして?

どうして、ここなんだ。なんでよりによって、僕の生まれ育った場所に来たんだ。



「大丈夫だ、ベオ。いずれハンターギルドから討伐隊がここに送られるだろう。だから怯えることはない 」



とても優しい声で、僕に言い聞かせた。言いながら、僕の頭をくしゃりと撫でる。



「幸い、クルドガルフはここを通りはしないらしい。雪山にさえ、近づかなければどうってことはない。だから大人しく、じっとしていれば害はないんだよ 」

「・・・うん 」

「だから、むやみに外に出ないこと。分かったかい? 」

「うん。分かったよ、じっちゃん 」

「絶対に外に出ではいかんぞ?絶対の絶対だぞ 」

「分かってるってば 」



何度も言わなくたって、ちゃんと分かってるよ。



「ならいいんだが・・・・。ベオはいつも、人の話を無視して飛び出して行くだろう?だから、今回ばかりは言い聞かせておかねばいかぬ 」

「うっ・・・ 」



前科があるからなあ。否定できないのが悲しい。



「あと、儂は忙しいのでな。用事があるから少しの間、家を留守にする。一緒にいてやれんが、ちゃんとしておくのだぞ? 」

「じっちゃん、外出るの? 」

「儂も出たくはないんだが・・・・。仕方ないのだ、許せ。大人の事情という奴だよ 」



何やらぐちぐちと言いながら、じっちゃんは僕の部屋を出て行った。




☆☆☆




相変わらず部屋の中は寒いので、僕は外出用の防寒着に身を包んだ。それでちょうどいいんだから、外になんかに出たら寒さでひとたまりもないだろう。

じっちゃんに言われなくても、こんな寒い日に家を出ようなんて思わない。



二度寝しようとしても綺麗さっぱり目が覚めてしまったので出来ず。外で遊ぼうにも外には出るなと言われているので、出ることも出来ず。

暇だ。どうしようもなく暇だ。

食糧庫に忍びこんで、手に入れた干し肉を噛み切りながら考える。



「今はじっちゃんいないし、あいつら呼ぼうかなあ。心配だし 」



基本的に村の中では呼ばないようにしてるけど、今日くらい大丈夫だ。じっちゃんもあの様子だと、当分帰ってこないだろう。多分。



召喚サモン! 」



途端、体の中から力が抜けていくような錯覚に襲われる。

そして僕の目の前に、一つの大きな円が現れた。円が光り始め、その中には。



「召喚に応じ、参上しました。我らが狼王よ 」



一匹の狼が、狭そうに円の中に縮こまっている。

パッと見はただの狼に見えるが、決してそいつはただの狼ではない。魔狼と呼ばれる魔物の一種である。


ちなみに名前はガル。勝手にそう呼んでいる。名前がなかったら何かと不便だからね。



「いつも言ってるけど・・・・。僕は狼王なんかじゃない。ただの人間だよ? 」

【いいえ、全ての魔狼の頂点に立つ者よ。間違いなく、貴方様は狼王です 】



誤解を訂正しようとしてもガルは全く、こちらの言葉を信じてくれない。

悪いやつじゃないんだけど、何でか僕に対しては堅苦しいんだよなあ。あと、僕は狼王じゃないし。何をもってそんな勘違いしてるか知らないけど、ただの人間だよ。


遊び半分で召喚術士の真似事をしてガルを召喚して以来、こうやってちょうちょく呼んでいる。

暇な時の遊び相手として。


まあ生きてるかが心配で、確認をしたかったというのもあるけどね。召喚に応じるかは任意なので、ちゃんと応じてくれたのでよかった。


それとは別に聞きたいこともある。

凍竜クルドガルフが出現したという雪山にこいつらは住んでおり。だからあの竜のことに関して何か知ってるんじゃないかと、僕は思ったわけだ。




「お前が住んでる雪山にクルドガルフっていう竜が出現したらしいけど、ガルの群れは大丈夫? 」



ちなみにガルは、雪山に住む魔狼の群れのリーダーだったりする。



【心遣いありがとうございます。それについて、申し上げたい事があるのです 】

「ほう 」



ガルはとても悲しそうに顔をしかめた。さっきまでゆらりゆらりと振れていた尻尾は、途端にうなだれてしまう。



【我らの群れが狩りで仕留めた獲物を、あの忌々しき竜に奪われたのです。その時、我の群れの仲間達が応戦したのですが・・・・。【傷を負わせることすら叶わず、その場で一方的に殺された】と、遠くから見ていた仲間が我に報告しまして 】

「・・・・・ 」



魔狼は決して弱くはない。むしろ、強い方だ。

ベテランの冒険者が相手でも、魔狼一匹だけで苦戦すると言われている。それが一匹だけでなく、群れで竜に立ち向かったのだ。

だというのに、歯が立たなかったのだと言う。


笑えない。そんな化け物が、村の近くの雪山にいるという事実がとにかく笑えない。



【そこで貴方様に頼みがあるのです。あの忌々しき竜を、我らが住む雪山から追い払ってはくれないでしょうか。厚かましい頼みかもしれません。けれど貴方様に頼るくらいしか、我が魔狼の知恵では思い浮かばず・・・ 】



ええ・・・・・。

いや、魔狼が集団で戦って勝てなかった化け物に僕が勝てる訳ないじゃないか。

僕って人間だよ?単純な力じゃどの魔物にだって負ける、最弱の生物なんだよ?知恵という、他の魔物が持ち合わせないものを持っているからどうにかなってるだけで。


あと、じっちゃんに外出するなって釘刺されてるし。


いやでも、こいつとは時々遊んでる仲だしなあ。力になりたいっていう気持ちもあるけど。流石に相手が悪すぎる。



うーん。どうしたものか。

竜を雪山から追い払ってくれ、か。って、追い払うだけでいいのか。倒してくれとは言ってない。

なら、もしかしたらイケるかもしれない。どうするかって?・・・・未来の僕に任せよう。どうにかなるよ、多分。



「分かった。出来るかどうかは分からないけど、努力はしてみる 」

【おお!ありがとうございます!我らが狼王ならば、必ずともあの忌々しき竜に一矢報いることが出来るでしょう 】

「あと、今からお前の群れのところに連れて行ってもらえないか? 」



遠くから魔狼の集団と竜の戦闘を見ていたという奴に、もっと詳しく話を聞きたい。何かのヒントになるかも知れないし。



【分かりました、背中に乗って下さい。全速力で、お連れいたしましょう 】



素早い動きで、ベテラン冒険者を翻弄する魔狼の最高速度・・・・。想像するだけでゾッとするね。

僕なんかじゃ、振り落とされてそのまま死にそうだ。



「・・・・・7割くらいでいいよ。無理してほしくないから 」

【分かりました。ではそのように 】



そんなこんなで、僕とガルは竜がいる雪山へ向かったのだった。

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