第30話 一難二難

 ジョーノが連れ込まれたのは巨大な倉庫であった。出入りが少ないのか埃が積もって魔人の気配も少ない。密かに物事を成すならもってこいの場所である。

「見張ってるっちゃ」

 蟲人をやって、獣人が見守る中ロロムはジョーノと対面した。

「覚悟はしてるみたいちゃね」

「逃げられねえしな」

 とはいえ、ジョーノには死を安らかに受け入れる度量などない。何をしてでも絶対に生き残ると決意していた。もう一度ミオニスとネゴに会いたい。

ここから生き残るに使える武器は舌だけだ。力で魔人に敵わず、『異能』も封じられている。

「言い残すことは?」

「そうだなあ、勝てる相手に殺されるのは結構やだよな」

 ロロムの顔がこわばる。

「『異能』使えればなあ」

 淡々と言葉をつむぐジョーノであったが、それは装っているのと緊張のあまりに震えが一時的にマヒしているがためだった。

 口が上手とは言えない、頭もそれほど回らない。それでもひねり出した手段は、どうにかして『異能』を取り戻すこと。獣人に頼んでもかなうわけもなく、立ち向かって勝てるわけがない。故に、ロロムを挑発して仕向けるという方法をとるしかなかったのだ。

 当然それは稚拙な策略に過ぎない、獣人は失笑し密かに哀れみさえ覚えていた。

「『異能』があればうちに負けないと?」

「まあな」

 それはロロムも同じである、ただ彼女には部下の仇という題目があるのを獣人も、そしてジョーノすらも見過ごしていた。

「……解除するちゃ」

 獣人は目を見開いた。

「けんど、ロロム様……」

「やるっちゃ、うちが負けると思う? こんな細立に」

「ま、負けるとはいわんねえ。けんど、こいつ逃げるんでねえですか? いろんな『異能』が使えるんよ?」

 獣人の説得は理にかなっている、返り討ちよりも逃げられれば元も子もない。第一ジョーノは多々の『異能』を使える、万が一あってはロロム個人としても、また背負う地位にとっても良くない。

「うるさい、さっさとやれっちゃ」

 本来のロロムなら、この説得の正しさに気付いただろう。しかし、挑発と細立への侮り、何より魔人の価値観がそれを吹き飛ばしてしまっていた。

「……わがっだです」

 獣人も従うしかない、拒否すればロロムは脅すなり実力に訴えるなりをしてくる、魔人では一般的な行動だ。それでも、ジョーノを逃がせば責任問題になると、いつでも襲い掛かれるように構えをとる。

 ジョーノは大きく深呼吸をした。頭をフル稼働させて、移動できる『異能』を思い出しなおかつ叫んで発動させなければならない。

「よし、やるっちゃ」

「あい」

 ロロムがジョーノに、彼の上半身ほどもある手を広げて振り下ろしてきた。

「イラックの『旅人』‼」

 ジョーノには反応事態ができなかった。故に、目を閉じてただ一念に『異能』を叫んだ。

「……?」

 たっぷり3呼吸は待って、ジョーノは目を見開いた。意識はあったし痛みもない、ただ、『異能』は発動せずいまだ倉庫のままだった。

「お前……」

 ロロムが睨むのは獣人だった。

「失敗しだなあ……」

 結局彼女はジョーノの『異能封じ』を解除しなかった。『解除したことにして』発現する前に、ロロムが手を下したことにして収めようともくろんだのである。うまくいくはずだった、だが今日に限ってはなぜかロロムはそれを見抜いてしまった。

「殺されたくなきゃ言う事聞くっちゃ」

「あい……」

「イラックの『旅人』‼ イラックの『旅人』‼ イラックの『旅人』‼」

 ジョーノは死に物狂いで叫んだ。そして、獣人は実際に『異能封じ』を解除し、ジョーノは瞬間移動に成功した。

「いよしっ! ……うお⁉」

 ミオニスの館へ向かう途中の山の中へいたジョーノは、激しい痛みに襲われていた。

『旅人』の弱点は、使用者が行ったことのある処にしか行けないこと。そして、使用者の体力でそこに行くまでにかかる疲労も再現してしまうことだった。つまりジョーノはまる2日歩き続けた消耗を一気にその身に受けているのだ。

「くそっ……」

 悪態を吐きながらもジョーノは動くのを止めない。追撃に備えて隠れなければならない上に、疲労の極致で『異能』を思い出すどころではなかった。体力の低下は運動能力だけでなく思考能力も奪う。

「だがらいったのに」

「うるさいっちゃ」

 しかし、運命は彼に味方してくれない。どうにか木の幹に背を預けたところで、ロロムと獣人、蟲人二人が現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る