第26話 策謀
「よーしよし、俺も少しは物覚えが良くなってるな」
満足げなジョーノを、一同は呆れた様子で見ていた。彼女らが想像していたのは、細立でありながら巧妙に『異能』を駆使して軍を翻弄した勇士である。しかし目の前のこれはとてもそうとは思えなかった。
「あんた本当にあそこにいたの?」
「おう」
「なんでいたっちゃ?」
「成り行きかな? なんか気づいたらいてよ」
呆れを通り越して軽蔑を滲ませてきたロロムたちに、ジョーノは付け入る隙を見出した。侮りは最も歓迎すべき慢心である、盗賊時代も、多くの護衛を連れて油断しきった獲物は格好の標的であった。不意を突かれるという事は、あらゆる技能が本来の半分に抑えられるということだと経験から教えられていた。
「ロロム様、こいつはそんなたまじゃにゃあ」
が、クワガタの蟲人だけはそれに流されなかった。館での一件で彼女がジョーノと顔を合わせたのは刹那にも満たず、正確に仲間とどういうやりとりをしていたのか確信を持てなかった。しかし、今見せている間抜けな姿が本来のものでなかろうとは容易に想像ができる。自惚れではないが、自身の能力にはそれなりの自負があった。
「おう、俺は本当はすごいんだ。これは仮の姿だぜ」
「わかったわかった」
しかし、演技力はジョーノが一枚上手だった。これまた山賊時代の経験と言うあまり誇れることではないものの、敢えて自身への疑念を認めることで粋がっている小物との印象を強めることに成功した。
「まあ、アホでも『異能』がそれなりなら細立でもなんとかなるっちゃね」
ミオニスの名を出してしまったり、妙に興奮したという失策はあったが、ロロム達はそこまで考えが回らないのか明らかにジョーノへの興味が失せていた。
「そうだ俺の『異能』はすごいんだ、なんでかここじゃ使えないけどよ」
「そいは俺のおかげでえ」
獣人が答える。
「俺は『異能封じ』よ、おまんの『異能』を抑えとんの」
「へえ、そんなんあるのか? あんた結構すごいんだな」
「すごかねえ」
言葉とは裏腹に獣人の態度は誇らしげだった。
「けどよ、じゃあ今ここにいる奴らはみんな『異能』が使えなくて不便じゃねえか?」
「俺はちゃあんと選べるんだ。今はおまんだけに向けとる」
感心する裏で、ジョーノは思いがけず情報を引き出せたことに歓喜していた。侮っている相手にわざと嘘を教える意味は薄い、この獣人を何とかして無力化できれば『異能』を使えるようになるのは確実だ。
問題はどうすれば無力化できるかである。おまけにクワガタ蟲人はジョーノを多少なりとも警戒している。
「そっか……ところでここで垂れ流していいのか?」
「あ?」
「小便だ、我慢してんだけどそろそろ出ちまうぜ」
ロロムが無言で獣人に便所へ連れて行くように動かした。ここでジョーノに幸いだったのは、クワガタ蟲人が同行する一方で、もう一人は動こうとしなかったことだった。
ジョーノが連れていかれた便所は初めて見る形のものだった。巨大な穴を囲むように仕切りが並び、穴には常に渦が巻いていて川をそのまま引き込んでいるかのようであった。
ここでも幸運なことに、男女別に便所が分かれていて二人は中まで入ってこなかった。他の魔人が出入りしているのもあったが、脱出できるような場所がないのもある。窓の類がなくとも『異能』や香草で匂いは抑えられるのだ。
ジョーノは、個室にこもると早速『異能』が使用できるか試したがやはり無理だった。獣人の『異能封じ』をどうにか解除するしかないが、それをどう聞き出すかというところで行き詰まる。
ここまで持ち込めただけでも相当のものであるが、あと一歩が足りない。彼はあくまでミオニスがいてこそ、その一歩を踏み出せるのだ。
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