第19話 束の間の出来事

「ほれほれ」

 ミオニスは、ジョーノの頭を掴んで小刻みに振り回した。おかげで伝染が解けたジョーノではあったが、同時にセシュンの軍にも効果が消えてしまった。

「やっぱり細立が難点じゃのお」

「思い通りにはいかねえんだなあ」

 セシュン軍の防壁が再度徹底されて攻撃が通らなくなった。多少の損害は与えられたものの、やはり当初の戦力差はまだまだ覆せない。

「あ~、駄目だったかあ」

「おんどれは代償を考えとらん、細立ちは脆いでのう」

「よっしゃ、なら細かく引っかきまわしてやろうじゃねえか」

 いつの間にか、ジョーノに周囲の注目が集まっていた。リオールがいるというのもあるが、セシュン軍の異変がこの細立によって引き起こされていると伝聞が広まったためだった。

「マンキの『皮下の呻き』‼」

 それを聞いて、何が起こるか予期できた者は僅かだった。セシュンの軍が乱れ、魔人たちがしきりに体を掻いているのを見てようやく『かゆみ』を引き起こしたのだと理解できた。

 隙を逃さずに攻撃を加える、『かゆみ』といえど強烈なものなら立派な妨害になりまたしてもセシュンの軍は直撃に苛まれた。

「うあ~、かゆいっ!」

 しかし、やはり持続力に問題があった。『皮下の呻き』の弱点は自身もかゆみに襲われることだが、石立であることもあり耐性があったマンキと異なり、ジョーノはそれを我慢できない。ミオニスに体をこすりつけ自身でも掻きむしり、あっという間に皮膚がぼろぼろになってしまった。

「かゆいのかあ」

「そうだっ、次は……『片割れ』ベベロンチの『鼻咲か』‼」

 かゆみがくしゃみに変わった、その後もジョーノの肉体が続行に耐え切れなくなると新たな『異能』に変更し、ついにセシュンの軍は一時的に退却することを余儀なくされた。

 セシュンの軍が退却したのを契機に、両軍に暗黙の内の非戦闘時間が訪れた。

優位に戦況を進めていたリオールだったが、寡兵であることは覆せず疲弊による戦力低下は否めない。反対にセシュンは思わぬ損害を受けたとはいえまだまだ大多数は健在で、元々の兵力差が浮き彫りになっていた。

 休憩をとるにも、食料や寝床、場合によっては『異能』が必要になりそれに人員が要される。大軍であればそれ専門の非戦闘員を置けるが、リオールにはそんな余裕はなく、戦闘員が兼ねねばならず決して軽くない負担となっていた。さらに、見張りも必要になる。

 ジョーノたちはその中では恵まれていた、食料は最優先に回ってきたし、見張りへと駆り出されることもなかった。同盟者というのもあったが、ジョーノの働きをみて無理に消耗させるよりも万全の状態で使った方が良いと言うリオールの思惑もあった。

ジョーノは食事を詰め込み、相変わらずのネゴを見舞って、ミオニスに体を預けてひと眠りをしようとしていた。

「中々だったの」

「おう」

 珍しくミオニスがジョーノを褒めていた。

「のう」

「ん?」

 ミオニスがジョーノを持ち上げて、真正面に立たせた。シロコーンもニュプトルも、別室で寝ている。

「石立はの……」

 突然ミオニスの身体が文字通りに『割れた』。石でできた外側に護られて、その中の異形をジョーノは目の当たりにした。

 それは脈打つ血管を全身に伸ばした蠢く肉塊であった。ジョーノからすると、盗賊時代に仕留めた獣を解体したときに見た心臓を連想させた。

「これが基よ、脆いけえ殻を被って守っとるんじゃ……どう思う?」

「あ~……結構怖いな」

「怖い?」

「ああ、俺の中にも似たようなのはあるんだろうけど怖いぜ」

「……わしを疎ましくなったか?」

「うと? どういう意味だよ? それよりこれによっかかると危ないんじゃないか? 戻してくれよ、よっかかれねえだろ」

「ふん」

 ミオニスが『基』を隠すと、ジョーノは元の肌に迷わず身を戻した。初戦場の興奮や疲労もあったが、あまり気にならなかったのは魔人を見慣れたこともあるが、彼の元々の性分でもあった。

「……今のは誰にも言うんじゃねえぞ?」

「わかった」

 ジョーノは眠そうに答えた。

 石立という種族が本体部分を見せることは、相手への信頼を示す中でも最上に位置する行為だった。それこそ、伴侶と決めた者以外に露にするのははしたない、そう言われるほどのものである。

 今それを成された相手はその意味を知らず、成した相手も敢えて明かさない。

 奇妙な、ささやかな出来事であった。

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