第15話 同盟と憔悴
そこで初めてジョーノは第10子のニミーを見た。鼠を思わせる耳、鼻、そして髭、従者と同じ特徴を持っているものの際立って幼い姿からは弱弱しさと怯えが感じ取れた。
「同盟のお」
「そげに深いもんでねです、ただ儂らみたいなんはくっついとった方がええんでねえかってこってす」
提案というのは同盟だった。いや、同盟自体はすでに今組んでいるので正しくない。戦場での協調を求めるものだった。
「シロコーンさん、解説してくれ」
「ミオニス様と貴方の活躍を見て、組んだ方が得策と思ったんでしょう」
「わかんねえな、だってリオールの下にいるなら一緒じゃねえか?」
「まあ、同盟と言っても、味方ってだけであとは勝手に戦って戦果はあげろという内容ですからね。ニミー様たちは戦いが不得手ですし、ならミオニス様の指揮下の方が生き残りやすいんでしょう」
「そっか、まあ小さいしな」
「聞こえとるぞバカたれ」
ミオニスに指摘されて二人は飛び上がった。
子鼠たちからの敵視が突き刺さる。一方で、それにもやはり自信なさげな怯えが混じっているとジョーノは感じ取った。
「子鼠だからと侮ると足を掬われるでの、魔王になった奴もたくさんおるわい。こいつらやたらと臆病だし力も弱いが、逃げ足も生き汚さも天下一品よ」
聞く限りでは侮辱と捉えられても仕方ない内容だが、子鼠たちが尊厳を取り戻したように満足した表情を見て、ジョーノは魔人の敬意というものが良く分からなくなった。
どんな手を使おうと生き残るのが大切だとはジョーノもわかっているが、農場での他者との触れ合いでそれだけでは駄目だという一面もなんとなく理解していた。できるだけ奇麗に、とくに他者から見て文句のない『方法』や『道理』が存在している。人と魔人では異なるとわかっていても、混乱するばかりだ。
「さて、わしは構わんがおどれはどうなんじゃい」
「俺?」
振られてジョーノは考えた、個人的には何とも思わないし、ミオニスが決めたなら反対もしない。
「うーん、いいんじゃねえか?」
「よし、受け入れるぞ。ただし、わしの命令には服従じゃ。従わんでもええがの、そん時からわしらの協調も期待するんじゃねえのう」
「おお、ありがてえ」
わいわいと子鼠たちははしゃいでいたが、ニミーだけはやはり冴えない表情のままだった。
会議が終わると、ミオニスとシロコーンはまた軍議だといって去っていき、ジョーノとニュプトルが残された。
「なあニュプトル」
「んあ」
「あのニミーって奴、どっか悪いんじゃねえか? なんかずっと暗い顔してたぞ」
「あいつはいっつもああだよ」
「……そうか」
なぜか妙に気になっていた。彼自身は認めない、あるいは気づいていないかもしれないが、それは優しさによるものだった。盗賊、奴隷と過酷な日々を送って擦れているが、ミオニスやニュプトルを助けたい気持ち、それは彼本来が持ち得る欲望に他ならない。
それが称賛される環境になく、彼自身それを甘さと押し殺しているが、抑えきれない部分が突出した結果今があるのだ。
そして彼のそれは、後々まで彼の行動に大きく作用していくのだった。
ニミーらとの同盟成立から数日後、セシュンの軍勢がふたたび現れた。だが、初戦のように突撃しては来ない。集結し、陣を張り、続々とその数を蓄えていった。
その間にも頻繁に互いの使者のやり取りがあった。ジョーノはミオニスを通じて知らされているため若干の時間の遅れはあったものの、刻一刻開戦に向けて空気がひりつくのを肌で感じ取っていた。
「ネゴさん、やっぱ逃げた方がいいんじゃねえか?」
「うるさいっ」
懸念はもう一つあった、ネゴの変調である。それまでも大分参っていたネゴだが、大軍を前にしてより一層神経を衰弱させていた。部屋にこもり切り、食事も自力で取りに来ずジョーノが運ぶ有様で、顔を合わせれば逃げようとうわ言のように繰り返した。情事も途絶え、ジョーノもさすがに自ら求める気にはなれなかった。
いっそ『異能』で安全なところへ逃がそうかとも思ったものの、肝心のその場所が思いつかなかった。そもそもジョーノが知っている場所は盗賊のねじろか農場しかなく、どちらも論外だったのだ。
「あんたが一緒にくればいいのに……あんたのせいで……大体こんなとこ……」
重荷ではあるが、ジョーノは放置しようとは思わなかった。強制したつもりもないが、ネゴがここまで来たのは自分あってのものだと認知していたからだった。
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