第10話 阿呆二人

 翌朝、会うやいなやシロコーンが身をさざめかせながらまくし立ててきた。

「来ましたよ‼ セシュン様……魔王の軍勢です‼」

 緊迫感に身を包んで寝室を飛び出たジョーノだったが、ミオニスは奇妙に落ち着いて見えいささか拍子抜けした。

「ミオニス! 魔王が来たんだぜ⁉」

「おう」

「おうじゃなくてよ、すぐにいかねえとまずいんじゃないか?」

「まあ待て、姉上が話に言ってるからのう」

 言葉の意味を理解できなかったジョーノに、後を追ってきたシロコーンが説明を受け継いだ。

「あくまでセシュン様の軍団が来たんです。見張りですよ」

「あっ、本体じゃないってこと?」

「はい」

 そういわれるとジョーノにも理解できる。盗賊時代も獲物がいたからといっていきなり全員で押しかけなかった。自分他数名の偵察がつぶさに観察し、襲って略奪できる対象だと確定してから仕掛けた。

「ゆっくりもできませんが、リオール様が赴いているので今すぐに争いという感じでもないかと」

「そうなのか」

 盗賊とは比べられないだろうが、魔人には魔人なりの道理があるのだろうとジョーノは納得した。

「何ようっさいわねえ」

「ネゴさん戦になりそうだぞ」

 気怠い様子で起きてきたネゴだが、その言葉を聞くや緊張感を纏って身構えた。ジョーノは苦笑すると同時に、危機に対する対応力に感心もした。

「出ろなんていわねえよ」

「当たり前でしょ! 死んだって戦場なんかいかないわよ!」

「おう、あてにしとらん」

 ミオニスの皮肉に、ネゴは嫌な顔をしたがそれだけに留めた。この状況で噛みつくことに利はない。

「ミオニス、どうする」

「姉上を待つしかねえのう……」

 道筋を示されたジョーノが、ならばまず準備に勤しもうとしたとき、外からのどよめきにそれを止められた。

「なんじゃ?」

「見てきましょう」

 シロコーンがそのまま扉の隙間から外へと這い出で、ほどなく戻ってきた。

「ニュプトル様が単身突撃したと」

 一番過敏に反応したのはジョーノだった。おそらく初めて名を聞くネゴは別にして、シロコーンもミオニスもその行為にどうという感慨もなさそうだった。

「一人⁉ なんで⁉」

「武勲を焦ったのでしょう、おひとりですし」

「それを言えば細立ち二人のわしもじゃ」

「ニュプトル様はお若いですし」

「なんでそんな冷静⁉」

 吠えるジョーノにミオニスは首を傾げた。

「何がじゃ」

「弟だろ⁉ ちっさい子供じゃないか!」

「そうじゃが」

 なおも吠えようとしてジョーノは、先ほど至った結論と真逆の心理に気付いた。魔人には魔人の道理が、肉親との接し方がある。まして王の子で戦争中となれば自身の想像、否願望と離れたものであって不思議でないのだ。

「……助けないよな⁉」

「ん? ああ」

 感嘆なき声の温度だった。

「ミオニス、今俺があいつを助けるとまずいか?」

 少し考えてミオニスは答えた。

「おう」

「……どれくらい?」

「あ奴と同調したことになって姉上への反逆よ」

 ほんの刹那だが、ジョーノの頭部では彼の主観で何千回もの思考衝突が行われた。文字通り生きてきた中で最も頭を使った場面となったのだ。

「ミオニス」

「なんじゃ」

「俺が絶対に守るから、助けてもいいか?」

「私は反対しますよ」

 シロコーンが口を挟んだ。感情的になっているのか、さざ波の幅が大きい。

「それでは全ての前提が崩れます、リオール様の庇護を受けに来たのにみすみす……」

「バカなこと考えないで」

 ネゴもそれに同調したが、ジョーノは敢えてそれを無視してミオニスに向き合った。

「ミオニス、どうなんだ?」

「……細立ちの考えはわからんが、おどれの考えなら好きにせい」

 答えを聞き終えたのと同時にジョーノは飛び出した。背後でネゴの悪態が聞こえたが、今は引き止める枷にはならなかった。


「あれか‼」

 飛び出したジョーノは、セシュンの軍隊らしき一団に突っ込む毛玉のニュプトルを認めた。リオールの姿はなく、部下たちも遠巻きに見ているだけの光景がジョーノの心を強く叩いた。言い表せないが、とにかく気に入らない。

 思い切り自分で頭を殴りつけ、『異能』を思い出すための契機にする。

「『山起きる』‼ よし! 出た!」

 セシュンの先兵隊とニュプトルの間に巨大な山が出現した。ミオニスと同じ石立族の勇者デヴウの『異能』である。

 面食らったのかニュプトルは山を前に棒立ちになって、ジョーノは彼の傍まで容易く来れた。

「おい、逃げるんだよ」

「れ? お前なんだろ?」

「そうだこういうときこそ……えっと……、『足元を這い滑る』‼」

 ジョーノらの地面が液状化したように波打って、二人をそのまま館へと運んで行った。

 泥まみれの押し寄せる波に驚き、見物していた魔人たちが館に逃げ込み少ししてから確認してみると、そこには泥団子のようになって必死に口の中の泥を吐く二人の姿があった。

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