第9話 理解
その後、シロコーンに案内されて一行は館の一室を与えられた。魔王セシュンを打倒するまでの同盟者としてミオニスは扱われるとのことで、ジョーノ達も含めた生活の面倒の代わりに戦闘の義務を課せられ監視役としてシロコーンの随伴も命じられた。
「よろしくお願いします」
「あ、よろしく」
「あほう、監視に愛想良くしてどないするんじゃ」
ネゴは自棄になって料理を貪っていた。ついにジョーノを諦める決心がつかなかったのだ。
「あたしは絶対やらないからね」
「っは、はなから勘定に入れとらんわい」
「第8、第10殿下の臣下にも戦場に立たないお側付きはいますから」
「大体ね、あんた魔人のくせに随分馴れ馴れしいじゃない」
酔った勢いでネゴはシロコーンに絡んだ。周りが魔人だらけで警戒心が麻痺しかかっているのもある。
「ジョーノ殿のお力を目の当たりにしましたから。強き者には敬意をもって接するのです」
「あ、そういえばよ、第2とかいう人ってもしかして……」
「はい、力を示せずお斃れに」
ジョーノは、改めて魔人の思考に身震いした。そして同時に、それは力が全てという点を突き詰めた結果で、人の世とそこまで変わらないとも理解はできた。
「……ミオニス」
「あん?」
「まあ、俺は味方だからよお……」
「っへ、頼もしいのう」
へたくそな気遣いにミオニスは笑った。それが心を許した者にしか見せない類のものであるとは、シロコーンにも二人にもわからなかった。
「それとさ、お前の元の……って言ったらいいのか、仲間って……」
「おう、兄上の追手によ」
ミオニスが両のこぶしを叩き合わせた。
「じゃから、こっちもお返しせんとのう」
ようやく、ジョーノはミオニスの目的を知ることができた。その感情は正直分からない、盗賊仲間と父が死んでも心は動かなかった。だが、ついていこうとは思った。
「ふん……それよりジョーノ、『異能』がまだ完成してないわよ」
「え? あ、名前か」
「名を持ちますと益々強固な『異能』となるかと。存分に考えなされますとよろしい」
「そういえばシロコーンさんは訛ってねえな」
「堅苦しくて変よ、魔人はどいつもこいつも……」
「それはそれは」
シロコーンが、体の一部分を伸ばして肉を取り込んだ。
「ん? ミオニス、石なのにそういえば食べる必要あるのか? 今更だけど」
「石立は体の中に生身があるんじゃ、外見は殻みたいなもんでの」
ミオニスの体が山中の一夜で見せたように再び変化した。今度は館の石を取り込んでいるようで、さながら陶器のような質感に変わっていく。
「周りから材料を集めりゃこんな風に……」
「おおっ」
幼子へとミオニスは変身した。これまでのいかにも石像然とした姿に比べると、色が加わったこともあって大きめの人形に見えるほどに整っている。
「どうじゃい?」
「俺はこっちの方が好きかな」
「そうかそうか」
「麗しいですよ」
「あのね、あたしは『異能』のー」
「わしが明日指南してやるから心配するな」
遮られて、ネゴは不貞腐れがむしゃらに料理を口に運んだ。ミオニスもそうだが、それを咎めないジョーノはがもっと腹立たしかった。
深夜、ジョーノは眠れずに寝床を転がっていた。天上のものと思っていた自身の個室、さらに寝室や浴室まで備えてあるその居住空間に緊張していたのだった。これもミオニスのものに比べれば簡素だが、ジョーノの知っている農場主の屋敷とは雲泥の差がある。
「……みんな」
改めて農場のことを思い出す。死んでしまった者たちを思うと、やはり生き残った身が後ろめたく心穏やかではいられなかった。
「魔王には……文句言ってやるからよ」
ミオニスへの想いのほかに、復讐の念がジョーノに湧き上がっていた。ミオニスに訳のわからないことで追手を差し向け、大殺戮を起こさせた原因は魔王にあるのだ。ミオニスのためにも、農場のためにも、自分のためにも放置しておけない。
と、ジョーノは開け放たれた扉の音と流れてくる芳香で訪問者の正体に気づいた。
「どしたんだよネゴさん」
巨大なベッドの端にネゴが腰かけた。備え付けの寝間着を着て、深酒をしたのか顔が赤い。
「文句を言いに来たのよ」
這うようにしてジョーノの元へやってくる。その異様な迫力に気おされて、ジョーノは行動する機会を失った。
「よ、酔ってるな」
「あんたもでしょお……」
まっすぐにネゴはジョーノを見据えた。
「あたしをこんなことにして……どうしてくれるわけ?」
「でもよお……俺には俺のよお……」
「絶対に生き残って……協力してもらうわよっ!」
「うお‼」
ネゴが素早くジョーノを押し倒した。
「ちょ、おい‼」
「大丈夫、気持ちいいから‼」
「ば、待てっておい‼」
ネゴは強引に肉体関係を結ぼうとしていた。今やっておくべきことは、ジョーノを自分のものにして操れるようにすることである。
だが、それでもここから逃げ出すように誘導することは難しいと判断した。ならば、生き残るのは当然とした上でジョーノが自分から逃れないようにする方法、それがこれだった。
「あたしがやったげる‼ 慣れてるから安心しなっ‼」
「そういうことをいってるんじゃねえ‼」
ジョーノの力をもってすれば撃退することはできた。しかし、その抵抗にいまいち熱が入らなかったのは、ネゴ相手に全力が出せなかったのと少なからぬ期待もあった。
女に関することは盗賊時代にも目に耳にすることはあった。どこから嗅ぎつけるのか、仕事を達成すると娼婦たちが男たちに群がって花を咲かせた。幼少を理由に取り分が少なかったことから、ジョーノはその機会に恵まれなかったが、盗み見た行為に興奮を覚えるだけの成長は遂げていたし、慰める方法も行為の詳細も教わっていた。
「……病気もってねえよな?」
「はあ⁉ このマセガキ‼」
ある時、誰かが娼婦相手に聞いた言葉をそのまま真似して、ジョーノは殴られた。結局それを契機に抵抗を止め、ネゴのなすがまま初夜を迎えたのだった。
「敵を見つけた、あっちはまだ気づいてない、どないする?」
「え、えっと、切り裂き淑女ロロムの……」
「はいだめー。せいっ」
「ぐばあっ‼」
翌日、朝食を終えたジョーノは庭に出されてミオニスの訓練を課せられた。ただ『異能』を憶えて発動できればいいのではない、ミオニスが示した状況に応じた最適な『異能』を発現させなければならない。
「あちちちち」
「さっさと治すでのう」
殴られる回数はまた格段に増えていた。ミオニスの示しに反応することもだが、何かしらをしながらの行動というのが難易度を跳ね上げていた。
「これやる必要あるのかよ?」
「あほう、戦いじゃ突っ立っとれんぞ」
「かといって動き回っても消耗するだけです、判断と迅速な動きが勝利を掴むのですよ」
「魔人なら簡単かもしれねえけどよお」
殴られたのを治癒しながらジョーノは呻いた。加減されているとはいえ、相変わらず回復なしでは死んでしまう強さの拳である。
「おどれらは脆いんじゃ。隠れて逃げて一発で殺せんと死ぬぞ」
「ようするに盗賊だろ、嫌な経験の活かし方だ」
いまいちに集中しきれない理由にネゴの存在もあった。ただ黙ってみているだけだが、昨夜情交を交わしたジョーノとしては気になって仕方がない。なまじ彼女が平然としているだけに、何というか歯がゆい気持ちがある。
自分だってそう誇れる人生でないのに、ネゴの過去を邪推してしまう浅ましさが嫌だった。
「よっしゃ、次次」
「お、やる気なようじゃの」
ごまかすために鍛錬を続ける。ネゴもそうだが、まずはミオニスの役に立たねばならない。何よりネゴのことに気を取られると、どうしても行為を思い出してしまって気恥ずかしいのだ。
日が暮れるまで続いた鍛錬も終わり、ジョーノは夕食まで好きにしろと言われ館をうろついていた。気分転換がしたかったのと、ネゴと一緒にいるとやはり気まずいのだった。
しきりに頭を摩る。『異能』で治癒したことで痛みも外傷もなくなっていることが、肉体へは違和感として残っていた。
「おい」
「ん?」
声の主は、小さな白い体毛に覆われた魔人だった。ジョーノは知る由もないが、雪獣(ホワビース)と呼ばれる種族である。
「えっと……なんすか?」
慎重に言葉を選ぶ、体格の大小で地位を判別できないし目的が分からない以上高圧的になるのは得策でないと判断した。
「お前は姉上の臣下だなん」
「ミオニス……様かな?」
シロコーンの台詞を思い出す。第8か第10か、ミオニスのほかにやってきた先代の子供だろうか。
「おいらはニュプトルってんだよ」
「はあ」
「お前はなんで細立のくせに姉上の傍にいるだよ」
「……なんでだろうな、それを知りたいからってのも理由にあるような気がするぜ」
「ほおん、死んじゃってもいいのか。細立なんて弱いからすぐ死んじゃうよ」
「それを何とかしつつミオニスも助けたいんだ」
「ほおん」
それきりニュプトルは背を向けて歩き去った。
「話し相手が欲しかったんでしょうね」
夕食時、そのことを話したジョーノにシロコーンは答えた。
「ニュプトル様も臣下を亡くしていますから。身の回りの世話をする者はリオール様があてがっていますが、まあ親しく話す仲ではないでしょうね」
ジョーノは、口に運びかけた肉を皿に戻した。かつての自分と重なるその情景が心を寒くする。
「もう一人もかよ?」
「ニミー様は何人か臣下がおられますからまた違うでしょう」
「なあ、魔人って普通に兄妹家族仲良くしねえのか?」
言っておいて、ジョーノは内心自嘲した。その普通を自身は経験したことがないのに尋ねているのだ。
「しますが……ミオニス様たちは少々事情が異なりますので」
「魔王継承で争うならまだしも、魔王に決まってから兄妹殺すなんてのは初めてだからのう。集まっとるのも味方は多い方がええからじゃ」
「他の奴は助けてくれねえのかよ?」
「兄上もわしらと細立の国が目的だからの、それがいつ自分に向くかで気に入らん奴はいるだろうが、わしらを助けたいってやつはおらんのじゃ」
「細立とは違いますか?」
「同じよ同じ、どこぞで跡継ぎで揉めるといくらでも出てくるんだから」
ジョーノへの皮肉の混じったネゴの言い方にムッとしつつ、改めてジョーノはミオニスたちの運命を哀れんだ。
ネゴと違い世事に疎く、人間の世界でも珍しくないと言われても実感がない。思うにこの感情は、悲惨だった自分の家族関係を振り返りせめて他者はそうあってほしくない、暖かな家庭というものがあってほしいという願望から来ているのだとジョーノは思った。
「助けたい……か」
ならば、ミオニスへのそれとは別の感情は何なのだろうか。
その夜、ネゴは再び寝床へ潜り込んできた。初夜と同じ甘い香りがジョーノの鼻をくすぐる。
「あんたから動いてみる?」
蠱惑に迫るネゴに対して、彼が無我夢中の欲情を抑えられたのは二度目という不可視の抑止力によってだった。
「ネゴさん、家族いる?」
「……あ?」
みるみるネゴの顔が曇り、浮かべていた妖艶な色が消し飛んだ。
「いや、聞いてなかったなって……」
「親とこの『異能』……」
強引に肩に吸い付いた。
「なかったことにできるなら、したい二つよ」
この時ジョーノはネゴを少しだが理解ができた。『異能』が自分も含めて、幸福をもたらしてくれるばかりではないのだ。彼女の人生で、それが彼女にとって良いように作用したことはおそらく少なかったのだろう。
「だからあんたは頑張って生き残って、あたしに楽させてよね」
相手を理解しての情交はどうなるのだろうかと、ネゴの舌の熱い這いずりを感じながら、ジョーノはまた別の身震いに体を熱くした。
特に変わりはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます