第8話 参戦
塵一つない館を一行は進んだ。ミオニスは平然としていたが、ジョーノとネゴはそれに圧倒されて汚れ放題の自分たちが少し恥ずかしかった。
誤魔化すように内部を観察しつつ、時折すれ違う魔人を見やる。人と変わらぬ者もいれば、獣じみたものやそもそも生きている物とも思えない者まで様々だった。そして、例外なくジョーノらを認めるとともすれば立ち止まって観察した。
「なんかやな感じね……」
「珍しいのかな……」
「お静かに」
通されたのは客間だった。まずはミオニスだけで話したいと、二人はそこで待たされることになった。シロコーンは何も言わず佇んでおり、気まずい二人はとりあえず状況整理のために小声で話し合った。
「まったく、だから逃げようって言ったのに……」
「だって放っておけねえんだよ……」
「みなさい、どんどんややこしくなってるじゃない……」
「じゃあ、ミオニスがどうなってもいいのかよ……」
「私をお気になさらず」
突然の言葉に二人は飛び上がりそうになった。
「お二人のお話を触れ回るほど軽い口ではございません」
ネゴは、お前のどこに口があるのだと言いたかったが、流石に命知らずと思って言うのを止めた。意思疎通ができても、否、今までミオニスとできていたからと言っても相手は魔人。何かの拍子でまずい事態になるかもしれない。
「あ~……し、シオ……」
「シロコーンと申します」
「あ、ども……シロコーンさん、聞きたいことがあんだけどいいかな?」
「お答えできることでしたら」
故に、突然のジョーノの行動に反応が遅れてしまった。
「なんで、ミオニスの兄貴は姉妹を殺そうなんてしてるんだ?」
「はい、それにはまず、リオール様とミオニス様の兄上セシュン・デリッシャア様のお家についてお話せねばなりません」
「あ、じゃあ頼……お願いするぜ」
シロコーンはぷるぷると震えながら説明を続けた。
まず3名とも先代魔王の子であり、セシュンが先代を打倒して現の魔王となった。ここまでは珍しくもない、しかし、セシュンは何を思ったか同じ血を引く者の抹殺と人の世界への侵攻を掲げたのだ。そして瞬く間に兄妹の半数を手にかけた。
「生き残った御子は同盟を結んで対抗することにしました。中でも、最も強きリオール様の元に皆さまが集まっておいでです」
「その兄貴……セシュンて狂ってるんじゃねえか?」
「……まあ人界征服はともかく、ご姉妹を手にかけるのは道理が通りませんね。おかげで、反発する者も増えてセシュン様はそちらに戦力も割かねばならなず、攻勢が弱めということもありますが」
ジョーノは、追手が農場以来現れていないことの理由に納得がいった。思えばあの状況を逃れられたのもそれが一因しているのかもしれない。
「ただし、それだけに話し合いで収まると言えず激突は必至とリオール様は考えています」
「そ、それって戦争じゃない‼」
「はい」
「……ジョーノ‼ 逃げるわよ‼ 農場のよりもっとひどいわよきっと‼ もう着いたしいいでしょ‼」
これ以上巻き込まれてなるものかとネゴは熱弁した。これまでも命の危機はあったが、戦争、それも魔人の渦中に放り込まれては楽な死すら望めまい。ジョーノを王や領主、最悪村長にでも推挙し甘い汁を吸う野望が水の泡だ。
「でも……ここまで来たし、ミオニスに助けがいるか聞いてみないか?」
「ばっか‼ もうあんたは何なのその頭‼ こんなのにねえー」
「やかましいやつじゃのう」
ネゴを遮るように扉が開かれ、ミオニスが顔を出した。
「どうだった?」
「ふむ、まあ同盟は結べたようじゃの」
「ならいいでしょ! 帰るわよ!」
「ほ~、ここからかの?」
ミオニスの言に一瞬怪訝な顔を浮かべたネゴだが、すぐにその意図を察して青ざめる。
「こ、ここってあの森の中よね?」
「いいや、姉上の屋敷よ」
「どうしたんだよ? おいっ⁉」
答えずに駆け出したネゴをジョーノは追った。部屋を飛び出てやたらめたらに動きまわる。
「ネゴさん!」
「どこ⁉ 出口どこ⁉」
「あちらの扉です」
音もなく沁みだしてきたシロコーンにも動じないほどネゴは取り乱していて、体を変形させた案内のまま駆け出した。
「ああああああ‼」
「あれ?」
外に出たのと同時に狂乱するネゴの横で、ジョーノも間抜けな声を漏らして立ち尽くしていた。
広がっていたのは森ではなく、見たことのない造形と鮮やかな色でできた街、そこに住まう魔人の姿だったのだから。
「わしの故郷へようこそ」
いつの間にか隣にいたミオニスに肩を叩かれて、ジョーノは危うく倒れそうになった。
「故郷……どゆこと?」
「この館自体が姉上の臣下の『異能』よ。みてみい」
今しがた出てきたのと全く同じ館が並んでいるのにジョーノは気づいた。おそらくそれ自体が『異能』ないし副産物であり、瞬間移動のようなことができるのだろう。
それよりも、今はネゴが気にかかる。叫ぶのはやめたものの、放心してしまっていた。
「ところでよ、森には戻れるのかよ?」
「戻るのかの?」
「ネゴさんは流石になあ……」
「おどれはええんかの?」
ミオニスの、喜色の僅かに混じった声にジョーノは気づかない。
「……やっぱ、まだなんかもやもやすっからいていいか?」
「好きにせい」
表情がわからないように、そっぽをむきながらミオニスは答えた。
「も、戻れるのね⁉」
ミオニスの言葉を聞きつけて、生気を取り戻したネゴが立ち上がる。
「おう、おどれは勝手にせい」
「ならして‼ 行くわよ‼」
ジョーノの手を引くネゴだったが、ジョーノの抵抗を受けてつんのめった。
「いや、でも……」
「恩知らず‼ あたしが何してやっか忘れたの‼」
「そんないい方されるとあんまり感謝したくねえな……」
実際ネゴの主張は苦しい。彼女がやったことは『異能』の説明に教授、身の振り方の補助『予定』である。ミオニスのようにジョーノの心に引っかかりを与え、自ずからついていきたいと思わせたのでもない。急に農場から放り出されたという異常な状況と、世間知らずに付け込んでの操作が効かなくなっていた。
「あうっ……い、いい暮らし……戦争だってないし……」
「兄貴どうにかしてからじゃだめか?」
「死ぬわよ‼ 絶対死ぬ‼ 魔人の戦争よ⁉ あんた怖くないの⁉」
「怖いけど……ほら、俺の『異能』すごいからいけっかもよ?」
「バカ‼ バカバカバカバカ‼ いい加減にしさないよお……」
ネゴは泣きたい気分だった。思い通りになるあらゆる『異能』を使える少年が、手の間をすり抜けていっていた。自分だけ戻っても意味がない、ジョーノありきの計画なのだ。
「うっせんだわ、何騒いでるだ」
「おう、姉上」
騒ぎを聞きつけたのか、リオールがその姿を現した。
その姿は銀狐の獣人である。ゆったりとした、華美ではないが麗しい意匠の衣に身を包み、背を守るように9つの尾がゆらめいている。顔の造形も美しく、漂う冷厳さも女傑を印象付ける一因になっている。
「おめよう、臣下まとめんのもおめの技量だっぺよ」
「わかっとるわい」
しかし、ミオニスに負けず劣らず訛っていた。
「しっかし、細立さ抱えんなんておめも変わったなあ」
「ええじゃろがい、わしの勝手じゃ」
「んま、そじゃがよ。ちゃんと役に立つんだべな、兄上くっぞすぐ」
「わしがちゃんとやるけえ心配しないや」
「見でみねどわがらん。とにがぐ、おでの呼び出しにゃあすぐぐんだぞ」
騒音の苦情に立ち寄っただけらしく、リオールはそのまま去った。見た目と言動のギャップに、ネゴはもちろんジョーノも勢いをくじかれてしまった。
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