第6話 不測

メーガノルの『異能』、『幸腹(フルップ)』。想像した料理を出せるわ」

「……『幸福』‼」

 ジョーノが手をかざした先に、香辛料をふんだんにつかった湯気の立つ鳥の丸焼きが現れた。

 ミオニスがそれをむんずとつかんで、口内でかみ砕く。

「どう?」

「毒はなし、栄養もある、うまい肉じゃ」

「俺って結構すげえな‼ おっと……」

「はいはい復習、『異能』には絶対に欠点がある。今回のは出した料理分腹が減ること、無理に出すと飢え死によ」

 一行は早めに野宿の準備をして、ジョーノの『異能』を確かめるために試行錯誤を繰り出していた。

「そしてあんた自身の欠点は?」

「え~っと、どんな奴のどんな『異能』かわからないと盗めない。盗んでも、相手が使おうとすると『異能』が相手に戻っちまうこと。え~……め、め、名刀を持ってるって思えばいい‼ 名刀はそこらの刀よりすげえけど、俺は剣なんてちゃんと勉強してないから使いこなせない、『異能』も同じ‼ あ、あと死人の『異能』は取り返される心配がない‼」

 ネゴとミオニスが拍手する。

「少しは憶えたみたいね」

「あ~、ちょっと休憩」

 腰を下ろして、ジョーノは傍に転がっていた焼き魚をかじる。周囲には同じような豪奢な食物が転がっており、無論、盗んだ『異能』で作り出したものである。農場時代のごちそう以上のものがいくらでも手に入り、一行は文字通り天国を楽しんでいた。

「ネゴさんよく知ってるよな色々」

「あたしでも知ってるくらい有名なの。どれもこれも、歴史に残ってるような奴のばっかりなんだから」

 食事をしながらも、ジョーノの『異能』指南は続いた。というよりも、興奮した二人が彼を振り回していたのだが。

「あと名前ね、名前考えるの」

「それいるのか?」

「安定すんのよ安定、この料理だって名前があればパッとわかるでしょ? それがないと説明すんのめんどくさいじゃない」

「そういうもんかなあ」

「いいのよ、それで本当に安定すんだから」

 上等の果実酒を飲み干したミオニスがげっぷをした。

「さて、今度はわしの番じゃのう。おどれの技が、魔王にまで通用するか見てみたい」

「ん? 魔王?」

「魔王の『異能』を盗めるかどうか……10代目の魔王クシャ・ミデルの『枯渇の帝』。命を吸い取る技よ、やってみせい」

「ええ~危ないだろそれ」

「あほう、でなければ意味がないわい」

 しぶしぶとジョーノは二人から離れて『異能』を発現した。すると、みるみる足元の草が立ち枯れていくのに気づいて、悲鳴をあげて舞い戻ってきた。

「良し」

「よくねえよ⁉ すっごい怖え‼」

 盗賊時代に童貞は捨てているが、まだ殺しに無感覚になるほどジョーノは堕落していない。

「そうそう、食べ物出せるだけでいいの」

「っは、戦わねば意味がないでのう」

 これが人と魔人の決定的な差である。何事も戦闘と組み合わせ考える魔人と、個体にもよるが基本的に戦闘を手段の一つとしかしない人。長き断絶には理由があるのだ。

「お、おい、なんか声しないか?」

「確か、命を吸ったものの怨嗟が聞こえるという話じゃ。それでクシャも気がふれたでのう」

「先に言えよ‼ うわ~、もうやめやめ今日は寝る‼」

 『異能』で作った寝床にジョーノは潜り込んだ。草の声がしばらく耳にこびりついて離れなかったが、疲れと腹が満ちていたことからいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 自然の目覚めではない、誰かに揺すり動かされてジョーノはしょぼつく目を開いた。

「ネゴさん……?」

「起きなさい早く」

 身を起こしたがまだ周囲は薄暗い。ミオニスの追手か山賊かとも思ったが、そんな気配も感じられなかった。

「逃げるのよ、ほら」

「あ~……ミオニスは?」

「その魔人から逃げるの」

 ジョーノの頭がはっきりとしてきた。

「……なんで?」

「そっちこそなんで? よ。このまま一緒にいるとあいつの追手に巻き込まれるの。あたしたちは、さっさと近くの村なりに行って伝手を探すんだから」

 ネゴの言うことは何も間違っていない。ただ、それは彼女の都合に限った話である。

「ミオニスはどうする?」

「だって魔人よ? 可哀そうだけど一緒にいたら命がいくつあっても足んないの。大体さ、農場だってあいつが原因よ?」

 人の目で見た場合ネゴは至極正しかった。魔人に関しては人でない生き物であり、その立場では判断などできない。ジョーノも、農場の大殺戮の一因はミオニスにあるという意見は否定できない。

「……」

「今寝てるから丁度なの、ほら」

 指さす先にミオニスが横たわる姿があった。少なくとも目は閉じている。

「大丈夫確認したんだから。ほら、行こうって」

「でも、狙われてるんだぜ? 放っておいていいのかよ?」

 ネゴが呆れたように肩をすくめた。

「そう、じゃあ付いていったら? うまくいけば魔王にもなれるかもね」

 これまでも用いてきた話術である、不安をあおり突き放すような態度をとれば何も知らない者は自分になびく。

「……う~ん、それは別にいいんだけどな」

 ネゴは目を見開いた。違う、この男は違う。よりにもよってこの男は、魔人に心を移していた。それが何に依るかまではわからない、だが、救うための行動が第一に来ている。

「あ、あのね⁉ あんたこのままいけば一生不自由ないのよ⁉ 王侯貴族並みの毎日よ⁉ 金も女もなんでも‼」

 ネゴは焦った。ジョーノの発見と勧誘はまったくの運、そして考え付かないほどの大物だったのだ。それこそ自身の人生を変えるほど、逃がして次の獲物を探そうという気にもならないほどの逸材だ。

「そりゃ俺だってしたいよ、でも、ミオニスが……せめてその兄貴ってやつを何とかできねえかな?」

 最悪なのは、ジョーノ自身も栄達に無関心ではない所だ。それはそれとして、ミオニスの護身が先。理解できてしまったネゴの歯がゆさは誤りなく生涯最大のものだった。

「おどれ、そこまでわしに構う理由はなんじゃ?」

 ジョーノが、ネゴがより大きく飛び上がった。寝ている、はずのミオニスの口から言葉が漏れてきていた。

「お、起きてたのかよ?」

「寝てるなんざいっとらん。で、なんじゃ?」

 言われて、ジョーノは悩んだ。農場崩壊の原因、魔人とかいう別種族、何より石。なぜこうまで自分は気にかけているのだろうか。思えば、発見の時報告しなかったからこうなったのかもしれない。

 憐憫? 好奇? 執着? 愛情? つまるところはー

「わかんねえからあとで考えていいか?」

「……ぶっはっは‼」

 笑った。ミオニスの哄笑は、そのまま夜が明けるまで山を駆け巡り続けたのだった。

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