第5話 転機

 人目を忍ぶためと、一行は山道でさえない中を進んだ。石の肉体を持つミオニスは時折沈みつつも走破し、ジョーノとネゴも苦闘しつつも続いた。

 その道すがら、ジョーノは二人を質問攻めにした。聞きたいことが山ほどある。

「何があったんだよ、あのでっかいのはなんだよ、つーかあんたら名前は⁉」

「ネゴ」

「……ミオニス・デリッシャア」

「あ、俺はジョーノ……で、何があったんだよ⁉」

「巨人の魔人が来て暴れたんでしょ」

「ま、魔人?」

「おっかない奴らよ、こんなとこまで普通こないけどねえ」

「おうよ、わしを追ってきたのよ。文句があんの?」

「ん~、特には」

「なあ、その魔人からまず教えてくれよ。俺知らないぞそんなの」

 請われてネゴは、ジョーノにざっくらばんに説明した。ジョーノが理解できた範囲では、魔人は遠方に住んでいる争いが日常の頑強な種族で、ジョーノらのような人とは基本不干渉とのことだった。

 対して人の世は戦争こそあるものの日常茶飯事というわけでもなく、別種の問題だらけではあるが一応の安定をみせていた。

「そっちの……み、み……」

「ミオニスじゃアホたれ」

「ミオニス! ……も?」

「人じゃないでしょ~、本当に知らないの?」

 魔人の概念は、ジョーノにとって初めのものだ。それも当然である、人の暮らしに介入しない存在なら、盗賊でも奴隷でも気にする必要はないのだから。

「そっちが勝手に言っとるだけじゃろ、わしは魔人なんていう名じゃねえ」

「じゃあ何?」

「……石立、とわしらは言っとる種族じゃ」

「じゃあさっきのは巨人族か?」

「そうじゃ」

 ぶっきらぼうであるが、ミオニスはジョーノの問いには応じた。ネゴはその光景に驚いていた、自分でもそれほど魔人に詳しく

はない、むしろ大多数と同じように『遠くにいる、話の通じない

危険な連中』との認識しかもっていない魔人が、『異能持ち』とは

いえ奴隷の少年と意思疎通をなしているのだ。魔人は人を見下し

ていると聞いていたが……。

「なんで追われてたんだよ?」

「わしの兄貴がいかれとるんじゃ、兄妹皆殺しをぶちあげよった」

「み、皆殺し?」

「あの巨人どもは手下よ」

 皆殺しと言われると、ジョーノは否が応でも盗賊団を思い出し

てしまう。結果自体にはあきらめも混じるが、殺戮劇は今でも粟

肌の立つ悪夢だった。

「な、なんで? 兄妹なんだろ?」

「御託は並べとったが、最初からいかれとるんじゃろ」

 ミオニスは淡々としていた。悲しみや憤りよりも、面倒という

感情の方が強そうだった。

「魔人てそういうものよ、とにかく戦争してるんだから」

「そうなのか……。それはそうとネゴ……さん、あんたの言ってた協力ってのはなんだよ?」

「『異能持ち』はね、普通そうとわかったらお偉いさんに言って登録するのよ。そして飼ってもらうかわりに『異能』で恩返しするの」

 それが大部分の国で敷かれている制度だった。

「最高が水とかご飯とか出せるのね、これだったらもう殆ど王様よ。とにかく生活に役立つのが良し」

「ネゴさんは?」

「あいにくこれよ」

 ジョーノの鼻を甘い香りがくすぐった。

「匂いを出せる?」

「そう、こういうのから鼻が曲がるくっさいのまで」

「っは、なっさけねえのう」

「おあいにく、これでもあたしらの世界じゃ十分ちやほやしてもらえんの」

 嘲笑するミオニスをネゴはあしらった。魔人ではあるものの、これに怒るほど狭量ではないと判断したのだ。

「ちなみに人殺しとか戦争でしか使えないのは外れよ」

「なんでだよ?」

「結局戦わないと『異能』が活かせないから。大体争い途中で死んじゃうの」

「そっか……ん? ミオニスみたいな魔人は戦争いつもしてんじゃないっけ?」

「戦に使えぬ『異能』なんぞゴミじゃて」

 『異能』の評価基準も、人と魔人で隔絶していた。ミオニスのあの『異能』も魔人の間では誇るべき力である。

「じゃ、色々分かったうえでネゴさんに質問。俺を勧誘した理由」

 これが最も知りたいことだった、匂いを出せるといわれて特にうまい使い道の思いつかないジョーノだったが、ネゴの言う『争いにしか使えない』ものでもなさそうだ。自分一人でその権力者の元に行けばいい話である。

「農場で働いてたしよ」

「まあ……いろいろあんのよ。それよりどうなの、組むの組まないの?」

「う~ん、俺のってそんな役に立つかな? コソ泥しかできないぞ」

 ジョーノは『異能』を発動して、透明な腕で小石を掴んで浮いているように見せた。

「盗賊仲間の『異能』をこれ盗んでんだ、どう?」

 意外なことに、目を見開いたのはネゴだけでなくミオニスもだった。

「「ばか!」」

 二人同時に叫び声をあげて、思わずジョーノは石を取り落としてしまった。

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