第4話 旅立ち
それでも手を離さず、必死に食らいつきつつ口内の土を吐き出していたジョーノは、地鳴りの主を認めて驚きのあまり土を飲み込んでしまった。
それは巨大な人間だった。簡素な衣服に身を包んで、巨木を棒きれのように振り回している巨人がいたのだ。
鼓膜が震えるほどの咆哮をあげて、近くにいた巨人が二人へと足を振り上げた。影が二人の周囲を染め上げる、そのまま下すだけで、容易く踏み潰せるだろう。
「おお⁉ くっついとったんかい‼ まあええ、『紅瞳』‼」
石像少女が迫る巨人の足裏を見据えると、瞳が紅く輝き出した。直後、爆音とともに、焼けた血肉が周囲に降り注ぎ、巨人の低い呻き声が木霊した。
「な、なんだあ⁉」
巨人は足を抑えてバランスを崩したのか、そのまま山を倒れて転がっていった。山狩りで草木を払ったあとで、支えるものがなかったのも災いして止まることができない。
だがー
「ああ! や、屋敷が‼」
それ故、麓に構えていた屋敷へそのまま突っ込む結果を生んでしまった。当然、跡形もなく屋敷は押しつぶされて四散してしまう。
「うひょ~、すごいのう!」
「な、なにしてんだよ‼ 鞭打ちじゃすまねえぞ!」
思わず的外れな言葉が口を突いて出ていた。主人の家の破壊扶助、決まりに疎いジョーノでも間違いなく首が飛ぶと確信できる重罪だ。
「このまま逃げるの‼ 捕まっててもよいでの‼ 生き残りたくば必死になれい‼」
楽し気に石像少女は叫んで、そのまま農場からどんどん離れていった。石像であり、ジョーノまで抱えているのに、明らかに彼よりも早い。
屋敷をつぶした巨人が叫ぶと、ほかの巨人が続々集まってきた。こちらで判別できないだけで、意思疎通はできているらしい。
「けえい!」
石像少女は逃げの一手を取りつつも、巨人に対して先ほどの紅い目を放ち続けた。致命傷になるほどの威力はないが、巨人の肉体にも大きな穴を開けている。
流石に痛いのか巨人も目を回避を前提に動いて、それが少女を捉え損ねていた。
(これも『異能』かよ?)
そんな中、必死にしがみつき、胴体に四肢を巻き付け落ちないようにしながら、ジョーノは必死に状況を理解しようとしていた。
「こら‼ 胸をさわるんじゃねえ‼」
「ごめん! けど許してくれ‼」
巨人はこの少女を狙っている、それにしがみついている自分を除けて攻撃するつもりは端からない。かといって離れても見逃す保証もない、逃げ切る前に余波で潰されるだろう。
ならば、少女を救うために少しでも助力する。その他の心配は後でもいい、まずは生き残らねば。
(目‼ 目‼ 目だ‼)
一番近くまで迫っていた巨人が、突如顔を抑えてのけ反った。後続がそれにぶつかって、さらにもう一人を巻き込んで倒れこむ。慌てて抱き起すほかの巨人と、それで巻き起こった土煙を幸いに、二人は窪みに滑り込んで身を隠した。
「今のはおどれか?」
「ああ……‼」
一時の安堵のためか、口に残る土の味を反芻しながらジョーノは答えた。
巨人を眩ませたのは、盗み食いの時に使っていた、かつての盗賊団の一員の『異能』である。ジョーノを除けば唯一の『異能持ち』、視認範囲に透明な腕を出現させ、盗みに殺しに大役立ちの技。それを『盗んで』、巨人の眼球をこすったのだ。
「中々やるのう」
「どうも、それより説明してくれよ。こりゃ一体―」
「ちょお‼」
突然石像少女が叫び、入り口に向かって紅い目を放った。爆音が轟き、焦げた無数の肉片がぼとぼとと落ちていく。
「な、なんだよ⁉」
「偵察じゃい、見つかったから逃げるでのう」
「ま、待ってくれ‼」
先ほどと全く同じように、ジョーノは石像少女に抱き着いた。生存本能に依った行動で、まさに死に物狂いだった。
結局そのまま3日間二人は逃げ続け、見つかっては隠れ見つかっては隠れを繰り返した後、巨人たちは諦めたのか去っていった。
「ようやったのう、褒めてやるぞ」
「あ、ありがと……」
そして、そのまま二人とも疲労が極限に達して気絶するように眠りに落ちた。
次にジョーノが目を覚ました時、あの雇われ労働者の女が飛び込んできた。
「おお、生きてた」
「あれ……?」
背景で、気絶をした山中でないことがわかる。眼球を動かして見渡すと、そこは慣れ親しんだ宿舎だった。
「いやあ、運がいいねえ。さ、立った立った、逃げるよ」
「え?」
「言ってやったんだからここまで、来ないんならもう知らないからね」
言うだけ言うと、女はさっさと背を向けて歩き出した。
ジョーノは慌てて後を追う、何だかわからないが、宿舎にだれもいないこの状況で、ただ寝たままでいられるほど豪胆ではない。
「うわっ……」
女に付いて宿舎を出たジョーノは絶句した。あの農場が、見る影もなかった。館は目撃したにせよ、畑も他の建造物も跡形もない、むしろ、姿を残している宿舎が場違いに思えるほどだった。
そして、身分の違いなく死体があちこちに転がっていた。比較的きれいなものから、元が何かわからないような肉まで、既に虫と鳥が集り、獣も降ってわいたごちそうに舌鼓を打っていた。
「……」
ジョーノは、祈った。信仰も作法も知らない、泣くほどの感謝もない、だが、祈った。仲間の盗賊、父親が殺された時も悼みはしなかった、自分を含めてそうなっても仕方のない連中だ。ここにいた者たちは違う、名前も知らない者の方が多かったし、反発していた者も大勢いる。
けれど、この死には憤るべきだと、ジョーノは思った。
「置いてくよ~」
「……ああ、行く」
女と、あの石像の少女が当たり前のようにいた。この惨劇になんの感慨も抱いていない様だったが、それはそれでジョーノは納得でき、急いで二人の後を追った。
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