第3話 急転

「あ……どーも」

「……」

 ぼりぼりと小鳥をかみ砕く音を残して、石像少女はじっとジョーノを見続けていた。

「え~と……飯?」

「……」

「ここ人の山だからよ、見つかると怒られるぞ。……うん」

「……」

「……俺あっち行くから」

 いたたまれなくなったジョーノは、その場を後にした。そもそも相手が何かもわからないし、言葉が通じているかも不明だ。人ではないことは確かだが。

「こっち木が太いっす」

「なら明日だな、石どけるの手伝ってくれ」

「……はい」

 この時、どうしてあの石像少女のことを言わなかったのか、ジョーノにもわからなかった。奴隷としては、所有者の土地にいる異物を報告せねばならない。一個人としては、明らかな異分子を捨て置いては命に係わるかもしれない。そもそも目の前で小鳥を生で食い殺している。

 だが、言わなかった。このままでは明日にも見つかるだろうが、それでもその場で報告をしなかった。

 何故か。奇妙な話だが、石の少女に、ジョーノはある種の親近感を抱いたからだ。会話どころか数刻と共にすらいなかった、だが、『彼女』の存在はジョーノの奥底に何かを刻み込んだのだ。

「……おっす」

「……」

 だから次の日、山狩りに際して真っ先に会いに行ってみたのは自分でも不思議と思わなかった。そればかりか、『異能』が使えないのに、わざわざ夕飯と朝飯を少し残して持っていくことにも、抵抗はなかった。

「少しだけどやるよ、食えるだろ?」

 近くへ残り物を置く。幸か不幸か昨日と同じようにいた石像少女は、昨日と同じようにただじっとしていた。周囲に散らばる動植物の残骸を見るに、食事は摂っていたようだが。

「あと今日はもうここも刈るからな、このままだと見つかるぞ」

「……」

 石像少女は、何も言わずジョーノの持ってきた食事を口に運んだ。

「……口きけないのか? あのな、ここは危ないー」

「うしゃあ‼ 満腹じゃあ‼」

 心臓が跳ねあがった。叫び声を辛うじて飲み込んだジョーノはしかし、体が硬直して動くことを忘れていた。

「ふい~、危うかったのう。ぐぶっへ」

 石像少女は、口を拭い、豪快にげっぷをした。その動きがあまりにも滑らかで石像離れしていたので、ジョーノは顔には出さなかったが内心で噴き出してしまった。

「おう、そこの、中々気が利くのう」

「……あはあ」

 辛うじて絞り出したのが、その言葉になっていない言葉だった。まだ、体は動きそうにない。

「もっと食い物ないのか?」

「……あ」

 何とか答えるだけでもしようとして、ジョーノが口を開いたときそれは起こった。

「む? もう来やがったかの」

 地鳴り、次いで悲鳴。ここに至って、ようやくジョーノの肉体は平時を取り戻した。何が起こっているにしろ、楽しいことではない。

「そいじゃ」

「え? ちょ、ちょっと待て!」

 平然と歩きだした、石像少女の腕を思わず掴んだジョーノだったが、圧倒的な力に止めることは叶わず引きずられる羽目になった。

「なんじゃあ」

「あ、あれはなんだよ⁉ 大体―」

 この問いも最後まで言い切れなかった、遠かった地鳴りがすぐ近くまで迫り、飛んできた土が嫌というほど口に入ってきた。

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