第2話 石像だって生きている

 それが崩れたのは、農園に来てから4年目の収穫期、16歳になったばかりの時だった。多くの奴隷を抱えているとはいえ、収穫期になると人手が足りなくなる。そのため農園では、その時期に限って流れ者の労働者を招き入れるのが常であった。

 同じ仕事をしていても、両者が交わることはなかった。余計なもめ事は避けたかったし、そもそも仲良く話し合うような間でもない。食事も寝床も別で、ジョーノもそれに倣って季節の一部分以上の存在に認識することはなかった。

 しかし、4年目の収穫期は違った。それにジョーノが気づいたのは、お馴染み盗み食いへと行くために奴隷宿舎から出て暫く歩いてからだった。

(付けられてる?)

 盗賊時代の経験も無駄ではない、誰かに尾行されていることをジョーノは察知した。真っ先に思い浮かぶのは奴隷仲間の姿、完璧に隠し通しているつもりだったが、どこからか盗み食いがばれたのかもしれない。

(しょーがねえ、暫く我慢すっか)

 我慢強さがある、どこまで掴んでいるかわからないなら、それが消えるまで耐えればいい。そうできる意志の強さがジョーノには備わっている。

 誤魔化しのために、そのまま散歩のふりをして農園を少々歩き宿舎に戻ろうとしたジョーノだったが、尾行者の異変に気付いた。

(来るな?)

 自分に向かってきている。それなら、迎えてはぐらかそうとジョーノも足を止めた。

「よっす!」

「あん?」

 しかし、姿を現したのは奴隷仲間ではなかった。見たことのない、若い女だ。歳はそれほど離れていないようで、勝気そうな顔立ちともこもこした髪が印象的だった。

「やあやあジョーノ君初めまして」

「俺を知って……るんすか?」

 ジョーノは慎重に言葉を選んだ、雇われ労働者と奴隷の力関係は微妙な所がある。

「聞いたのよ~、で、その『異能』はいつから?」

 自分でも失策だと思うほど、その時のジョーノは驚きをはっきりと顔に出してしまった。

「ままま、仕方ないのよ『異能持ち』同士はわかるんだから」

「え、えっと……あのです……ね」

 どう誤魔化すかを考えていたジョーノの鼻を、甘い香りがくすぐった。不思議と、その香りに包まれていると焦りが消えていくようだった。

「あたしもそう、匂いを出せるだけのケチな『異能』だけどね」

「そ、そうっすか……それで、なにが目的すか?」

 ジョーノはその言葉を絞り出した、思い当たるのは脅迫である、盗み食いを言いつけることをちらつかせるのかもしれない。

「協力よ、お互いに協力しようって言いに来たわけ。ここら辺ならだれにも聞かれないでしょ」

「協力? 収穫にってことすか?」

「あ~、そっち? あんた、ずっと奴隷でいいの?」

 女の言い方が、呆れを含んだ感じに砕けた。

「だって、俺は終身奴隷……」

「だからずっと奴隷でしょ? 今はいいけど歳食ったらそのままほっぽかれて飢え死に、病気になったらそれまで、そんなんでいいの?」

 思わずジョーノは口ごもった。終身奴隷がどういう最期を迎えるか、教えられなかったわけではない。しかし、盗賊時代の不遇からくる相対的な幸福感と、未来という曖昧な概念が思考を後回しにしているの事実だった。働けなくなった奴隷の末路は、盗賊団で嫌というほど目にしてきた。

「そこであたしの出番、一緒に組めばいい暮らしができるよ。『異能持ち』二人ならなおさらね」

「じゃ、じゃあ、なんで、あんたはこんなことしてるんだよ」

 ジョーノの口調からは、自然と敬語が抜けていた。女の話し方に釣られたらしい。

「訳ありなの、詳しいのは、あんたが組むって言ったら教えてあげる。で、どうなの?」

「そ、そんないきなり……わかんねえよ」

 ジョーノは、正直にそのままを言うことにした。この場ですぐに決められるほど、簡単な決断ではないし、それを判断できるほど頭も良くない。

「だよね。けど、あたしは仕事が終わったらすぐに出てくからね。じゃ、そろそろあたしは戻るわ。じゃね」

 女は、あっさりそう言うと残り香を置き土産に踵を返した。声をかけようとして、ジョーノは寸前で思いとどまった。これも女の策略だ、情報を過多にして判断する間を与えまいとしている。

(『異能』か……考えてみりゃ、いてもおかしくはないんだよな)

 盗賊団には一人いた、ジョーノの『異能』に関する知識はその者から与えられたものが全てで、それもすでに亡い。農園に来てからは、一度も会っていない。

(う~ん、どうすっかな?)

 女の言葉が正しければ乗りたくはある、居心地がいいとはいえ、終身奴隷に未来がないというのはジョーノも理解している。かといって、女の言葉を信じてもいいものか。さすがにそこまでする意味がわからないが、罠であるという可能性もある。

 改めて考えると、自分は中途半端だとジョーノは思った。奴隷なりに感謝はしているが、『異能』を隠して盗みは働いている。では、脱走反逆する気があるかといえばそこまではまだ焦っていない。

(……寝よ、まずは寝てすっきりしてから考えよう)

 結局はそうするしかなかった。馬鹿だと言わないが、賢いとも自分を思っていない。それなら、冷静になるまで待ってそのうえで決めればいい、それがジョーノの結論だった。

 

 予定を立てると、かならず不測が起こるものだ。刈り入れをしながらじっくり考えようと思っていたジョーノの目論見は外れて、翌朝早くにたたき起こされて、山狩りを命じられた。

 農場主たちの宿舎傍にある山で、獣が一晩中騒いでいたのが原因だった。これでは寝られないと、木々の切り倒しと草刈が奴隷たちに申しつけられたのだった。

 労働量はさほど変わらないが、暫く刈り入れに慣れきっていた体には少々堪える。女や『異能』のことを考えられるほどの余裕もなかった。

「ジョーノ、ここはいいからそっちをやれ」

「あ、わかりました」

 組み込まれた班の先輩奴隷に言われて、ジョーノは手つかずの林へと割って入っていった。

「変な時に騒いでよお、全くー」

 ジョーノが思わず足を止めたのは、そこにあったのが全く想定していないものだったからだ。

 石像だ。少女の石像である。四肢はもちろん、服飾までまるでそ生きている少女を石で覆って型をとったような精巧な石像。

 おまけに、動いている。

 丁度小鳥を掴んで、口に運んでかみ砕いていたのだった。

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