コソ泥はお姫様に殴られるとすごく痛い

あいうえお

第1話 コソ泥の魔王

 人と魔人と呼ばれる生き物がいた。どちらも正式な名ではない、自ずから、あるいはどちらともなく呼び始め、今ではそれが通称となっていたのだった。

 異形と頑健な肉体、あくなき闘争心を秘め、日夜戦に勤しむ魔人。か弱くも、歩みを止めず環境を作り替え、繁栄に励む人。互いに存在を認知しつつも、人は魔人の激しい気性を恐れ、魔人は人の軟弱を蔑み、直接の利害が及ばぬ限りは不干渉を貫いた。

 故に、人でありながらその魔人の最高峰『魔王』へと成りあがった男の存在は、その経緯を知っているものでさえ、容易には信じられるものではなかった。仲間と共に魔人を、時には人の軍隊すら退けて、最強の称号を手にした若き青年。物語にしても出来すぎな、数々の戦いと出会いと恋。

 歴代の『魔王』にたがわず、その青年にも二つ名が冠せられた。

 『コソ泥の魔王』と。

 間抜けな名を侮り、青年に挑んだ者も多々いた。そして、そのこと如くが己の浅慮を悔いて滅んでいった。

 

 その青年の成り立ちは、盗賊としての日常から始まる。とある山を根城にする首領が、どこの誰とも知れぬ女に孕ませた『息子』は、小さな労働力として囮、引き込み、偵察とあらゆる『仕事』を仕込まれた。殴られ罵られ、安息に終わった一日すらない。己の不幸を嘆く時間があれば、どうやって今日を生きるかを考えることに費やさねばならなかった。

「逃がすな‼ 殺せ‼」

 数年後、そんな生活も終わりを告げる。討伐依頼を受けた傭兵団が、盗賊たちを急襲し悉くを討ち果たした。盗賊と然程変わらない野卑た一団だったが、隠れて生き残っていた『息子』を殺すのではなく、奴隷として売り払った方が金になると判断できる賢さがあった。

 かくして『息子』は、自力での身分解放が不可能な終身奴隷として売り飛ばされた。ここで幸運だったのは、買われた先が大地主の元であったことだ。その国内でも1・2を争う富豪であり、労働用の奴隷でも他と比べればはるかに待遇が良かった。 

 いくつかある農園の一つに『息子』は送られたが、盗賊であったころよりも衣食住全てが満ち足りていた。仕事のあとには、年配の奴隷から読み書きも習え、棒きれのようだった『息子』は、いっぱしの少年へと成長することができた。

 ジョーノという名も、付けてもらった。力も頭も並みだったが、明るく人好きのする性格だった。悲惨な経験に潰されるのではなく、それを乗り越える強さを手に入れていた。詰んではいるものの、めげずに生きている終身奴隷の少年。

 そして―

「……よっしゃ、よっしゃ」

 ジョーノには、隠し事があった。人と魔人が稀に持ちうる天性の才能、人智を越えた力を放つ『異能』を携えていたのだ。

「うん、うまいなあ。へっへっへ」

 そして、他者の持ちうる『異能』を盗むことが、ジョーノの発現した『異能』である。いくら他と比べ恵まれていても、成長期では殊更腹が減って仕様がない。夜半、隠れて食糧庫から『異能』を駆使して食糧を失敬する。古くなって腐りかけの塩漬け肉、魚の燻製、香辛料、特別な日にしか出されない食事に舌鼓を打つ。

 絶対に見つからないように、細心に。過去を悔いてはいるものの、それはそれとして、せめてもと鮮度の悪いものを選び、感謝の証として金銭には手をつけない。『異能』を誰にも見つからないように、食べた後は口をよくすすいで日々を過ごしていた。

 

 

 

 

 

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