第6話
というわけで、内緒で裏山来ちゃいました! 当然、内緒です。
わかってるよ、バレたらこっぴどく叱られます。
でもね、魔法だよ! 魔法が使えるか否かという瀬戸際なんだ。
僕が、魔法を使うことが出来るとしたら、それは魔法陣しか手はない。そして、その可能性を先日見出した。もう、辛抱なんかできるはずがない。
手っ取り早く試せるかもしれないとなれば、それは猪突猛進にもなろうものだ。猪だけに……いや、うまいこと言ってる場合ではない。
この森でのモンスター出現の分布や、注意すべき場所などはクリフにしっかりレクチャーしてもらった。もちろん、一人で行くなんて言ってないけどね。
武器は、練習で使っている木刀と、護身用のナイフ。ターゲットは、ホワイトツリーの樹皮と、オークモドキというモンスターの背脂だ。
あの時、素材の入手に頭を悩ませていると、クリフは助け舟を出すようにいろいろとアドバイスをくれた。よっぽど僕が、ションボリしていたせいだろう。
「素材の錬金加工をご自分でなさるなら、ここの薬草園の裏山でも事足りますよ」
クリフの言葉に、もちろん僕は食いついた。
「え、どういうこと?」
「このお屋敷は、魔境と呼ばれる霊峰の麓にあります。山のすそ野は豊かな森で、薬草園の為に拓いた場所から後ろは、ぜんぶ素材の宝庫ですよ」
しかも薬草園付近の一帯は私有地なので、基本的には冒険者も立ち入らない。まさに狩り放題、取り放題なのだ。この辺のモンスターレベルはせいぜいDクラスなので、母も、素材が必要になると冒険者を雇って狩りに同行することもあるらしい。
なにそれ、僕も行きたい。
「ホワイトツリーは、特徴的な白い表皮の樹木です。あと、そのワックスに必要な素材は、オークモドキという、オークより小さなモンスターの背脂を加工したものですな」
なるほど、なるほど。
「ぼっちゃん? もし必要なら、奥様に……」
「え? うん、そ、そうするよ。今日はありがとう、仕事の邪魔をしてごめんね。また必要な物があったら声かけるからよろしくね」
そう言って、昨日は薬草園を後にした。
ちょっと心配をかけちゃったかな。でもごめんね、もう行くと決めたんだ。
無属性の魔力操作を覚えたおかげで、身体強化はその辺の冒険者なみの防御力はあるので、自分の身くらいは守れる。もちろん、へっぽこな自覚はあるので無茶はしないよ。無理そうなら早々に引き上げるつもりだ。
でも、何事もやってみないと始まらない。もとよりそういう性格だった。リュシアンとしての消極的な印象に隠れがちだが、なんでも試してみないと気が済まない元来の性格がこうして時々顔を出してしまう。
幸いここ数日、薬草園に籠ってひたすら素材錬金と、薬の調合に没頭していたので、一日顔を見せなくてもそれほど心配はされないだろう。
練習用の木刀を腰ベルトにぶら下げ、リュックを背負い、ナイフや傷薬を詰めたポシェットを肩にかけて、初めての小さな冒険はこうして始まった。
森に入っていくと、興味を持った薬草、木の実を片っ端からポシェットへ突っ込みながら奥へと進んでいった。
もとは魔法が使えないから始めた錬金。今は魔法を使うために必要な錬金。何かを補うために始めた錬金術だったが、最近ではそのものが楽しいのも事実だった。
研究に没頭しすぎて、母を当惑させたりもした。先日、傷薬を作ったとき気が付いたのだが、魔力回復薬を作るときの錬成陣を応用して手を加えたら、体力と魔力の持続回復薬が出来てしまった。いわゆる自動回復薬である。飲むとしばらくの間、微弱ずつではあるが回復し続けるというものだ。
軽い気持ちで母に披露したら、ひどく驚かせることになった。どうやら継続して回復するような薬は今までなかったようなのだ。……あまり余計なことをするのはやめよう。やるならこっそりやろうと、決めた瞬間だった。
それにしても、錬金術の本に載っていたフリーバッグが欲しいな。すぐにいっぱいになってしまうポシェットにため息が漏れる。
錬金術と縫製で作る魔法のカバン、通称フリーバッグ。これも材料や、製作技術、錬金技術によって内容量が変わってくるが、バッグの中は異空間になっており、信じられないほどの収納能力を持っている。参考に載っていたものはフィールドドラゴンとかいう(名前にドラゴンとついているが、トカゲのような形をしていた)モンスターの革をつかった物だったが、外側は革だろうが布だろうが丈夫なら何でもいいようだ。問題は内側だ。確か、ちょっとレアで面倒くさい材料だった気がする。
言うまでもなく、珍しいアイテムで大変高価なカバンだ。……欲しい。
朝一番で屋敷を抜け出したので、お昼くらいにはかなり奥地にまで到達していた。驚いたことに、疲れをほとんど感じない。これが身体強化の恩恵なのだろうか。
休憩なしで歩いてきたので、木陰で一休みしようと水筒の蓋を開けた。
「あれ、ここの木って」
持ってきたお茶を煽って上を向いた時、ふと気が付いた。
白っぽい表皮を持った背の高い木々が、あたり一面に並んでいた。どうやら、いつのまにかホワイトツリーの群生地に入っていたようである。
ひとしきり休憩すると、さっそく素材を採集することにした。
難しいことはなにもない、とにかく皮を剥がせばいいのだ。ナイフで切り込みを入れ、間に刃を差し込み梃子の原理で一気に剥がす。今回は試しで作る分だけなので、持ってきたリュックに入る分のみ取った。
「そういえば、ここまでモンスターとは出会わなかったな」
錬金術で作った魔物避けの香り袋が、思った以上の働きを見せているようだ。
もともとこの辺まではモンスターはあまり出ないとも聞いた。ここから先が、いわゆる魔境につながる奥地になる。私有地に危険地帯ってどうかと思うが、この山を含め魔境と呼ばれる森林地帯も領地という意味では、全部ウチの管轄内である。
もっとも屋敷の敷地としては、薬草園も含めこの森手前半分までが我が家ということになるのだろう。野球のドーム何個入るのだろうか……。
この森手前のモンスターはDクラスまでがほとんどだが、山向こうの魔境からごくたまに渡ってくるBクラス以上の魔物が出没することもあり、冒険者を使って山狩りをすることも稀にあるらしい。
さて、あとはオークモドキの背脂だ。
オークモドキは、Fクラスモンスター。頭は豚で、人間のような身体を持つオークと違って、まんま豚や猪っぽい姿形だ。ちょっと巨大な豚という感じなのだが、どうやら時々二足歩行するらしい……怖い。
食欲旺盛で、雑食。集団で行動することがあるので厄介だが、基本的には新米冒険者がラット系、ワーム系などの雑魚の次に狙う獲物らしい。
ワーム系といえば、実はウチの薬草園などにも出没していて、でっかい芋虫だなーって思ってた。今考えてみれば、あれもモンスターだったようだ。クリフがまるで畑に出没するナメクジのような感覚で、プチッとやってたから気が付かなかった……あれ? クリフって結構強いのかな。……うん、とりあえずオークモドキだったね。
それ以上考えるのを放棄して、もう一つの素材収集に向け準備を始めた。
多少の危険は伴うけど香り袋を土に埋め、さらに奥に入っていった。虎穴にいらずんばなんとやらだ。正直なところ、少し焦っていた。そろそろ帰らないと、夕方までに屋敷に着けないからだ。とにかくモンスターが出ないことには始まらない。
どのくらい歩いただろう、さすがにそろそろ引き返した方がいいかな、と考えた頃。
カサッと葉っぱが揺れて、いきなり肌色の生き物が獣道の真ん中に飛び出してきた。
「……っ!?」
オークモドキだ!
突然のエンカウントにこちらも驚いたが、向こうはもっと驚いたのだろう。ガバッとすごい勢いで立ち上がった。本当に二本足で立つんだね!? とのんきなことを再確認している間に、モンスターはこちらに向かってきた。
基本的にオークモドキは、人を見かけると逃げるらしいのだが、なにしろ僕は子供で、おまけに一人きりだ。相手はすぐに雑魚と判断し、今や完全に舐めきっている。
初手の突撃に、とっさに武器を取ることも忘れた僕は、ごろりと横に転がることで、なんとかオークモドキの猛攻を避けた。
……び、びっくりした!
一度距離を取って、巨大な獣と向かい合う。攻撃を避けられたことで、向うもひとまず様子を見ているようだ。
僕は、ドキドキと踊りまわる心臓をなんとか落ち着かせて、油断なく腰に下げた木刀を抜いた。けれどココは森の中、長物はあまり振り回すことができない。オークモドキから目を離さず、なんとかカバンにしまったナイフを取り出し、そちらを利き腕に持った。
オークは武器を持っているが、オークモドキは武器を持ってない。なぜなら前足が蹄だからだ。立ち上がるのは相手を威嚇するためで、攻撃する時は、普通に四本足で走って突進してくる。武器は、鋭い牙と、硬い頭蓋骨だ。
顧みて、こちらは盾代わりの木刀と小さなナイフのみ。そして立ち姿は、見事なまでのへっぴり腰である。負け惜しみではないが、前世では戦闘と無縁の人生を送ってきた日本人なのだ。剣の稽古はしてはいるものの、実戦ともなれば腰が引けるのも無理もない。
牛のように、オークモドキは前足で土を蹴りつけている。やる気満々だね。だけど、もしイノシシのように猪突猛進ならやりようはある。それを狙って、少し身構えた。
案の定、突進してきたオークモドキ。思い描いていた通りに盾代わりの木刀でいなし、素早く体を翻した。しかし――。
背中を取ったと思った瞬間、丸々とした姿に似合わぬ素早さで反転したオークモドキが、無防備な脇腹に頭突きをしてきた。
「うっ……!」
思いっきり吹っ飛び、大木にぶつかって、それでも勢いを殺せずバウンドしながら転がり、最後は、逆さまになってようやく止まった。木刀で防御はしたものの、幼い身体は小さい上に軽いので、吹っ飛んだらどうにもならない。
身体強化の恩恵もあり、痛いことは痛いが、打撲などのひどい怪我はしていない。びっくりしてちょっと息が詰まったけど。
同じ理由で、しっかり踏ん張れば、これくらいは耐えられると思う。ただ、慣れていないので間に合わなかったのだ。
「む~……、ぜんぜん修業が足りないなあ」
もう一度、オークモドキと向かい合う。向こうはこちらを完全に雑魚だと認定したのだろう。逃げる気はなさそうだ。
くそう、ぎゃふんと言わせたい。
むやみに逃げ腰になるより、この相手ならしっかり正面から受けたほうがいいかもしれない。不本意ながら、自分の防御力はさっきの攻撃を受けたことで試せたし。
土煙を上げてオークモドキが突進してきた。今度は、剣でしっかり受け止める。
よし、足に意識を集中すればちゃんと踏みしめる力も増強できてる。もとより魔力操作は、先生にも褒められたんだ。
モンスターの足を止めてしまえばこちらのもの、すでに手に届くところにあるモンスターの脳天に向かってナイフの柄を思いっきり落とした。
咄嗟に刃先で突き刺すのを躊躇ったのは、武器を持つことのなかった日本人としては致し方がない。これからモンスターを狩るなら、おいおい慣れていくしかない。
「……あれ?」
そして、地面に転がった獲物を見下ろす段になって、僕は重大なことを見落としていたことに、ようやく気が付いた。
「……これ、誰が解体するの?」
昏倒している獣を前にしばらく途方に暮れていたが、ここは何時モンスターが出没してもおかしくないフィールドなのだ。まずは暴れないようにしっかり拘束すると、ナイフを片手に、恰好だけは捌く準備が完了した。
「困ったなあ……」
必要なのは背脂だが、素材を剥ぐという作業は慣れない人間がやると品質が落ちるって言うし。クリフなら何とかできそうだけど、問題はこれをどうやって持って帰るかということだ。考えてみれば、こういう仕事は冒険者の役目だと無意識に考えていた。
実際、母も狩りをするときは冒険者を雇っているし、素材を剥ぐのも彼らに任せている。無自覚のうちに役割を分担して考えていた。
貴族であるということ。上に立つということ。中身は身分制度の感覚がない日本人だが、生まれてこのかた貴族として生きてきた記憶も存在する。
常に誰かが助けてくれる環境を、当たり前だと思ってはいけない。そんなことは前世でいやというほど骨身に染みたはずなのに。
人間というのは楽な方には容易く馴染みやすいものだ。
いずれ独り立ちする気なら、なんでも出来るようにならなくてはならない。ましてや僕は、追われる身になる可能性さえあるのだから。
明るすぎる未来の展望に、否応ない重いため息が漏れた。
とりあえず今は、できないことを嘆いていても仕方がない。今日はこのまま帰り、明日にでも事情を話してクリフに一緒に来てもらうのがよさそうだ。
怒られるのは、もう仕方がない。
「……っ! わぁっ!?」
そんな時、どこからか人の騒ぐ気配がした。むしろ、悲鳴のような?
振り向くと、かなり後方で草むらがガサガサと激しく動き、やがて一人の少年が転がり出てきた。まるで何かを振り払うように、顔を庇うように身を丸めている。
「って、え!? ニール、なんでこんな所に」
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