第5話
結論から言うと、紙への念写は簡単にできた。
メモ用にともらった用紙なので、薄いし目が粗いため裏映りしてしまっているが、間違いなく魔法陣が定着している。この能力がなんというスキルなのか、はたまた魔法の一種なのか、それはわからない。勝手に「念写」と呼んではいるけれど。
紙に記された魔法陣を、まじまじと見つめた。
陣に触れないように、端っこを持って裏をぴらっとめくって覗き見る。
裏まで完全に貫通してるね、魔法陣が。
発動するか試したいけど、それを部屋の中でやるのはちょっと気が引けた。嫌な予感しかしない。間違いなく燃える気がする。
僕は書斎から本を持ちだし、薬草園に場所を移した。
薬草園の中央にある温室。その一角に位置する小さな作業小屋……日本人の感覚では立派に家だけど、がある。有名なネズミランドがまるっと入るほどの敷地には、ありとあらゆる薬草が栽培されていた。そして特別な環境のものは、気温管理されたハウスなどで丁寧に育てられているのだ。
高原や岩場、雪原、洞窟など、そこにしか育成しない植物もあるので、全部まかなうというわけにはいかないが、乾燥したものなども合わせると、簡単な薬や錬金に使うものくらいならほぼ揃うだろう。しかも母は腕のいい薬剤師であり、鉱石や金属、素材の錬金術でもかなりの腕だった。錬金術の教師としても申し分ない。
だけど上質な紙を作るのに協力してもらうのは躊躇われた。
もともと魔法陣を写す紙は、本来かなりの上位の錬金を必要とし、そんなものを何に使うのか聞かれるのもちょっと困る。分不相応な試みを注意されるかもしれないし、能力の事もうまく説明できそうにないからだ。
作業小屋に燃えそうなものを置いて、温室の外へと出た。
管理人の道具入れの中から適当なものがないかと探して、一本のほうきを掴むと意気揚々と、裏のひらけたところへと移動する。
焼却炉があるところなので、多少の火が出ても問題ないだろう。
まあ、初級魔法だしね。
さっそく土を盛ってほうきを逆さに立て、的の代わりにした。
思った以上に興奮しているのか、ワクワクと期待で胸が高鳴った。軽く深呼吸して、少し離れたところに立ち、魔法陣が描かれた紙をひらりとかざす。おっかなびっくり指先で触れた途端、紙は一気に燃え尽きた。
思わず仰け反ったが、それよりも驚いたことに、まるでその灰塵から飛び出したかのように、赤く輝く魔法陣が空中に展開されたのだ。
呆然と見守る中、渦巻く火の玉は放たれ、ほうきは四散して弾き飛ばされた。
「お、おお!? うん、でも成功?」
魔法陣が飛び出すとは、どの書籍にも書かれていなかったが、取りあえず考え方は間違ってなかった。まあ、よし。
……ちょっと勢いもすごかったけど、初級だし、セーフセーフ。
すっ飛んでいって近くの木に直撃し、バラバラになった元ほうきだった残骸は、見なかった方向で、うんうんと何度も頷いた。
ただね、紙が燃えるのはやっぱり怖い。前髪ちょっと焦げたし。
教会のお姉さんが使っていたような、魔法陣の巻物に使うくらいの高級紙がやっぱり欲しいな。あれは魔力を摩擦なく速やかに流し、消滅する魔法陣を剥がれやすく錬金されいるので、土台となる巻物を何度でも使いまわしできるのだ。
ちなみに魔法陣は、紙以外にも写生できる。
ただ特別に処理してない物や場所だと、うまく魔力が流れず、下手をすれば暴発して大惨事になるらしい。魔力検査の時の、許容量を超えた魔法紙が弾けたように、流す魔力量によって受け取る側も、それなりの処置をしておかないとらないのだ。
また巻物の外側を覆うカバーは、魔法紙だけでは賄いきれない様々な機能を補足する為のものであり、それは劣化防止だったり、魔法の暴発、暴走防止だったり様々だ。
当然、収める魔法が強力な物なら、それに見合う強度が必要となるわけである。
「うーん、どうしようかな」
魔法は使えた。魔法陣も描ける。
巻物専用の魔法紙を自分で錬金することが出来たらいいのだけど。やっぱり母に聞いてみるしかないのかな。
錬金術の場合、錬成陣が必要なものと、調合のみでできるものがある。初級の薬などは後者である。そして紙を精製する材料は、魔力を必要とする素材なのだ。
レシピはさっき書斎から持ってきた本に、錬成陣と共に載っている。
ところで錬金に使われる錬成陣もまた、巻物としてはあまり市場に出回ってない。錬成陣は、魔力を使う錬金には必須だが、魔法陣のように複雑怪奇なものではないので、写生のスキルさえあれば、ほぼ誰でも書けるからだ。
紙も特別な物でなくてよいので、魔法陣とは逆で、簡単に作成できるから、わざわざ買ってまで巻物を使わないのである。
というわけで、錬金はともかく問題は材料である。
この薬草園だけでは全部は揃わないだろう。たしか、なんかの木の皮とか、表面をコーティングする油? みたいなものがいると思う。
温室を抜け、作業場への道を、考え事をしながら戻った。
問題は山積みとはいえ、これはかなり希望が持てるかもしれない。
使えないと思っていた魔法が、巻物というアイテムと、偶然見出した「念写」のスキルを持ってすれば、使えるようになるかもしれないのだ。
魔法陣を調べるのは骨が折れそうだけど、そのうち王都や学園都市に行けるようになればもっといろいろな魔法陣を探せるかもしれないし、見ることさえ出来ればどんな魔法陣でも描けるだろう。
この時の僕は、この能力をちょっと便利な写生の上位互換くらいに思っていたが、念写と呼んでいるその能力は、全く別物であると、後ほど知ることになる。
魔法陣を写し取るのは、そもそも一瞬ではできない。早くて数分、何枚もの魔法陣が必要となる大掛かりなものになれば、数時間はかかるのだ。また写生という言葉通り、実際の魔法陣を見ながらしか描けないのも特徴だ。対して、一度見ただけで記憶し、判子のようにポンと一瞬で写し取ることができるのが念写だ。
おそらくスキルと言うよりこれは異能であり一般的ではない。でなければ、属性も熟練度も関係ない魔法陣は、もっと研究されたに違いないのだから。
「おや、ぼっちゃん」
顔をあげると、灰色のツナギに麦わら帽子、首に手拭いをかけた老人が立っていた。
「クリフ……」
年の割には逞しい身体つきで、白髪交じりの髪を短く刈り上げている。陽に焼けた肌は小麦色で、これほど鍬が似合う男もいないだろう。彼の身分は奴隷だが、今ではこの薬草園全体の管理をほぼ任されていた。
この屋敷へは約十年前、孫のニールと共にやって来た。
もともと農民だったらしく、土いじりは得意だったようだ。ずっと北の、小さな雪国の出身らしく、貧しい土地で税金が払えなくなり奴隷となったらしい。奴隷商を流れ渡るうちに、息子夫婦を亡くしたため、残った幼い孫と老人という引き取り手が付きにくい状態に陥ってしまい、最終的にここへ来ることになったのだ。
この国、モンフォールにはきちんとした奴隷を扱う法律がある。動物のように無条件で売り買いされることはなく、犯罪奴隷などの例外はあるが、だいたいは最終的に自分を買いとることができるような仕組みになっている。
けれど、露天商などのいわゆるもぐりの奴隷商。これは例外で、商業ギルドなどにも入らず、独特の決まりによって動いている。後ろのつながりが複雑で、モンフォールの法律に縛られることはないし、基本的には黙認するより仕方がないというのだ。
その露天商で、たたき売りされていたのがクリフだ。孫らしき幼児とは別売りにされていて、どうしても一緒に売ってくれと懇願したため、奴隷商人に折檻されている場面を偶然、父が目の当たりにしたらしい。
結局、クリフを奴隷商から買い取ったわけだが、むろん同情からではなかった。
彼の前歴と、差し出された両手を見て、使えると判断したからだ。交渉により、孫のニールも一緒に引き取ることができた。奴隷商人も、流石に領主相手に無碍に断ることはできなかったようである。
また奴隷商には、むやみに折檻するなと忠告するのを忘れない。財産になる奴隷を傷つけられるのは面白くないし、街の美観にも影響する、と。
暗に、うちの領地で商売しにくくなるぞ、と脅しをかけたのだ。
「今日も錬金術のお勉強ですかな? 必要な素材があれば、ニールのやつに申し付けてくれれば、すぐにも用意させますよ」
当時は幼かったニールも、今年で十三才になっていた。だいぶ逞しくなって、クリフもかなりの手助けになっていることだろう。
実を言うと、母に許可をもらうずっと前から、この薬草園へは出入りしていた。あまり外出することがなかったので、この草木に囲まれて開放的な場所は、唯一くつろげる場所だったのだ。当初、内緒でここに通っているつもりだったが、クリフとニールにはとうにバレていたらしい。気をつかってそっとしておいてくれたのだが、好き勝手にうろうろしていたので、割と早い時期に彼らと鉢合わせになった。
それから三年近く通い詰め、今ではすっかり気心が知れている。
「ありがとう。でも、今日はちょっとクリフに聞きたいことがあったんだ」
そう言い置いて、僕は慌てて作業小屋に駆け込んだ。すぐに大きな本を抱えて戻ってくると、クリフはその場でしゃがみこんで今日使う道具の手入れをしていた。
「ぼっちゃん、そんなに走ったら危ないですよ」
「もうっ、ぼっちゃんはやめてったら。それよりも、これ!」
十歳未満なら、ぼっちゃんはおかしくないのかも知れないが、なんとなくそう呼ばれるのが恥ずかしかった。……中身は、いい大人だからね。
差し出された本を、クリフは汚れた手で触らないように覗き込んだ。
「錬金術の本ですな。素材のことでもお聞きなさりたいんで?」
「というか、在庫。例えばコレとかは、ここにないよね?」
図解付き魔法紙の作り方、のレシピ集。ハードカバーのやたら重い本は、小さな手にはいささか持て余し気味になるが、それをなんとか片手で持って、クリフに見えるようにページをめくっていく。魔法陣の写生用・再利用可能な耐久魔法紙、と書かれたページを開き、材料がずらりと並ぶ中を、順に指でトントンと指さす。
老人はそれを確認して、感心したように頷いた。
「ほう、ようご存じで。流石ですな」
「あ、えっ……と、ううん、知ってたって言うより、勘だよ。これなんかは鮮度がいいほど効果が高いって、ここに書いてあるから置いてないかな、と」
さすがに八才児が、ここの薬草園の在庫をすべて把握しているのは、ちょっと気持ちが悪い。思わず動揺しながらも、材料の一つである動物の脂のようなものを指摘した。
「そうですね、これはモンスターから取れる素材ですな」
「えっ、モ、モンスター!?」
びっくりして危うく本を落としそうになる。
そ、そうか、やっぱりいるよね、モンスター。想像はしてた、でもビビるよ、だってモンスターだよ。
「猪に似た小型の動物型モンスターです。とはいえ、たいしたモンスターじゃないし、冒険者ギルドなら安価で取引されておりますよ。この錬金に使うとすれば、加工するのに魔力が必要なので、素材として買うとなるとちょっと高くなってしまうかもしれんが」
上位の錬金術に使う素材は、素材自体も錬金術で作らないとならないものが多い。
そのため、いわゆる下請け業者のような、錬金が必要な素材のみを請け負う錬金術師もいるというのだ。それだけ需要があるということだろう。
「それともう一つの素材、こっちは通称、紙の木と呼ばれるホワイトツリー、すこし森の奥に群生する木なので、これも冒険者ギルドの扱いになりますな」
「冒険者ギルドか……」
さすがに子供が一人で冒険ギルドに買い物にはいけないよな。脂の方は商業ギルドかな? 錬金術が絡んでいるからね。まあどちらにしても、無理っぽい。
年がどうとか言う前に、そもそも一人でなんか街に行かせてもらえないよ。護衛ぞろぞろ連れてけって? ムリムリ、だいたい冒険者ギルドに何しに行くんだって話だよ。
「うーん……」
「そうそう、ぼっちゃん」
その後、クリフが世間話のようにさらっと漏らした言葉は、僕にとある決意をさせるきっかけとなった。そう、イケナイことを思いついたのだ。
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