56、たらい回し

 翌日から寮での生活が始まりました。学生課に相談しながら、これからどうするか、の策を練っていきました。前述のとおり、授業料問題は依然として残っていましたし、このままでは保険証を手に入れることもできず、万一の時がとにかく心配でした。

 学校の相談員さんから告げられたのは「十八歳以上は児童ではないから、あなたが受けたことは虐待ではなくDVになる」ということでした。相談員さんは役所の女性相談センターを紹介してくれました。平日の昼間、決まった曜日にしかつながらない相談の電話に、時間を見つけてかけてみたものの、結果はいまひとつでした。

 独立生計者になるためにできることは何か、という問いに関しては、学校から役所に尋ねるようお願いされたのに「学校の方に尋ねてみてください」と跳ね返されました。世帯分離をする方法や保険証などについても尋ねてみたものの、いまいち要領を得ません。

 ただ、次につながるステップとして、無料法律相談を紹介されました。

 

 世帯分離につなげるために、転居届を出しました。(転居届を出すと住所が記載されるからやめた方がいい、と言う友達もいたのですが、止むを得ませんでした)役所の保険課に通いつめ、保険証の再発行を試みた際にも、授業料免除について相談をしに行った際にも、異口同音に「DVに関する公的機関の証明書を持ってきてほしい」と言われました。

 後日、その旨を弁護士さんに相談をしました。女性問題(特に離婚)に関するものを得意とする人だったらしく、後日書面でお返事が届きました。

 まず告げられたのは、DVに関する証明書は、婦人相談所が発行してくれるが、あくまで虐待でなくDV(=配偶者間の暴力)であること。つまり、虐待に関する証明書は存在しないということでした。また、告訴できる可能性についても尋ねてみたのですが、未成年は家庭裁判所に取り合ってもらえないこと、警察に被害届を出す必要があり父を逆上させかねないことなどを理由に、不可能であると言われました。

 保険課の担当の人にあらためて相談したところ、「DV防止法は配偶者のみ適応され、親子間の暴力は管轄外」だとして、やはり父の扶養から籍を抜くことができず、再発行はできないという話でした。(アルバイトはしていましたが、収入は扶養を抜けられるほど多くありませんでした)


 弁護士さんの方から、「もっと子供の問題を専門としている人に相談した方がいい」と、「子供人権一一〇番」を紹介され、私はそこにも電話をかけました。親身になって話を聞いてくれたものの、具体的な糸口はつかめませんでした。(電話口で話を聞いてくれた男性とは、「でもあなたもう一九でしょ。親が学費を負担して当たり前じゃないし、自分で稼いでる人だってたくさんいるからね。自分もそうだった。そこはあなたの甘えだよ。今学費いくらくらいなの?」「年五四万です」「え、私の頃は十五万くらいだったな。ごめんね」という会話も取り交わしました)

 電話口では役所の児童福祉課に行くよう勧められました。役所に出向いたところ、「児童ではないから」と男女共同参画課に回され、そこで「DVの証明書を発行してくれる」と婦人相談所を紹介され……。長いループにはまったような気持ちでした。

「本当に、親子間の暴力であっても突っぱねられたりしないですか?」

 疑心暗鬼になっていた私は、担当してくれた職員の方にそう尋ねました。「大丈夫です!」と自信たっぷりに言い切った職員さんの言葉を信じ、婦人相談所に電話をしたところ、「DVは夫婦間の話になるから、親子間は管轄外」と取り合ってもらえませんでした。

 ダメもとで児童相談所に電話をしました。「十八歳以上はちょっと……」と取り付く島もありませんでした。


 最終的な妥協案として、警察に相談し、相談票を提出することで「公的機関に相談をした」という実績は作れる、ということを教えてもらいました。警察にそっけない対応をされた友人の話を聞いていたので、ドキドキしながら警察署に赴きました。

 警察署の人は快く対応してくれました。とはいえ、それは私の要望が「相談をしたという実績を作りたい」というものであったからで、被害届を出そうとなると、最終的な暴力から二ヶ月経っていた当時の状況では厳しいようでした。話を聞く限り、すぐに通報したり警察署に赴いていれば、話は違っていたようです。


 警察署からの帰り、私は妹に電話をしました。(すでに何回か、妹とはコンタクトをとり、荷物を取りに実家に入れてもらっていました。そのついでに身分証と通帳を入手していました)

「もしもし、お姉ちゃんだけど。これからすごく大事なことを言うからね。いい?」

 妹は神妙な声音で「うん」と返事をしました。

 それから私は、妹にこのように言いました。

 もしお父さんが起こって暴力をふるったり物を投げたりした場合、どんな些細なものでも、すぐに児童相談所か警察に連絡すること。もしそれもできないようなら、私から学校、警察、児童相談所に電話をするから、一言連絡すること。児童であるあなたなら、外に助けてくれる人はいくらでもいる。これはあなたのためだけではなく、私のためでもある。何かあったら必ず私が守る。だから、絶対に我慢をしないこと。外に助けを求めること。


 全部、全部、私が大人から言ってもらいたかった言葉でした。

 何があっても妹だけは傷つけさせない。私と同じ轍は踏ませない。そう決意していました。


 皆さんも、特に十七歳以下である人は、絶対に外に相談してほしいと思います。まだ助けてくれる人がいて、助けてくれる制度がある。私のような苦労をしなくて済むよう、すぐにでも逃げてください。お願いです。

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