52、甘えは罪悪ですか
Mの家まで荷物を運んでもらい、友達と別れました。
Mも親との確執があった友人の一人でした。私よりも数か月早く、自分でお金を貯め、一人暮らしを始めた彼女は、今回の私の家出を深く気にかけてくれていました。
深夜遅くにも関わらず、Mは私を出迎えてくれました。「家出しちゃった! 私は自由!」とはしゃいでいた私でしたが、「大丈夫?」とぎゅっと抱きしめられて、無理にハイテンションを保つのはやめました。
今思えば、あのハイテンションは、無意識な防御反応だったのだと思います。潰されないよう、前に進めるよう、必死だったのかもしれません。
ひとまずMの部屋に転がり込みました。腕を掴まれた跡が残っていたので、ひとまず写真を撮りました。暴力の痕跡らしい痕跡はこれ一つだけでした。何かあった時に役に立つだろうと思いました。
Mと話をし、ひとまず学生寮に入ることを目先の目標としました。経験者であるMの話によれば、親の署名や承諾がなくても、入寮そのものは可能のようでした。
家賃はおよそ二万円という破格の住居でした。入寮には保証金という名目でプラス三万円がかかりますが、もうすぐバイト代(月平均六万ほど)が入ることを考えると、なんとかまかなっていけそうでした。
夜も深い時間になって、私はMにおやすみを言いました。寝袋があるから大丈夫だと言い、彼女は私をベッドに寝かせてくれました。眠ろうとすると涙がひとりでに出てきたけれど、沈んでどうしようもないというほどではありませんでした。
やることは山積みです。沈んでいる暇などありませんでした。
翌朝。昼近くになって目が覚めました。家主であるMはアルバイトに出かけていました。
お昼ご飯にコンビニのおにぎり一つを食べて、ベッドの上で放心していると、母親から電話がかかってきました。
「少しは冷静になった?」
母の諭すような声。「ずっと冷静だよ」と私は返しました。
母は、父がかなり怒っているらしいこと、「戻れと強制はしないが、謝ればまだ修復可能」であることを強調しました。今の状態を聞かれたので、「友達に泊めてもらっている」と正直に告げたところ、母の声音が途端に鋭くなりました。
「これからどうするの? ずっとお友達に迷惑かけるわけにもいかないでしょう」
母はそれから、「他人に甘えてばかりだといつか愛想をつかされるよ」「人の善意を当たり前なんて思っちゃだめだからね」と、「他人に甘えるな」という旨のことを懇々と説き続けました。なんだか自分の存在そのものが迷惑だと言われているような気がしてなりませんでした。「甘えるな」という言葉は父からも常日頃から聞かされていました。
「友達の家に居座るくらいならうちから通いなさい」
今までさんざん助けを突っぱねてきたくせに、母は平気でこういうことを言うのです。
母の家は東京にあり、北関東の片田舎にある大学までは、ゆうに二時間はかかります。交通費だって馬鹿になりません。そもそも、これから色々な手続きだってしなければならない。「そんなの建設的じゃない」と私が言うと、「そういうところが甘えてるのよ」と叱られました。
甘える、って何なのでしょうか。頼ることそのものが全て甘えなのでしょうか。そもそも、甘えることが、そんなにいけないことなんでしょうか。
「そもそも、こんな状況でも大学に行くって決めたのはあなたでしょう」
まるで、大学を辞めるのが当然とでも言わんばかりの口調でした。大学に所属していたいのは確かに私の意思だったけれど、そこまでして父に屈することを是とする母の言い分がまったくわかりませんでした。
サークルも辞めなさいと言われました。「優先順位を考えなさい」「そんなことしている場合じゃないでしょう」私が大切にしてきた場所を、父も母も揃いも揃って否定するのか、と思いました。
辞める気はありませんでした。もうすぐ文化祭がある。穴をあけるわけにはいかない。この日だって、バンドの練習のためにスタジオを借りています。
母にそう返すと、「どうしてその責任感を家で見せられなかったのかしら」と溜息。自分の価値を否定されず、突然理不尽に怒られることもない環境と家とでは、大事にしようと思う心が全然違うのに、母にはわかってもらえないようでした。
「あなたはまだ恵まれていたんだからね」
母が呆れたように言いました。この言葉には我慢なりませんでした。
「あーあー、そうだね。すぐ殴ってきて怒鳴ってくるお父さんの下に生まれてきて幸せだったなあ!」
母は「そんなこと言ってないでしょう」となだめるように言いました。
母に似たようなことを言われたことが、昔、ありました。まだ母が家にいた時の話でした。父の横暴に文句を言っていた私に、「世の中には家の家事を全部やって、それでも勉強なんかするなって怒られるような家の子もいるんだよ」と母が告げたことがありました。だからうちはまだ恵まれているんだよ、というニュアンスでした。
高校生の時の私は、母が言ったのとまるで同じ、家事を背負って、勉強を咎められながら過ごしていました。それでも母からすれば「恵まれている」らしい。
どうすれば、どうなれば、満足だったんですか。お母さん。
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