10、こんな家出ていきたいとずっと思っていた

 こんな家出ていきたい、という気持ちは、この頃すでに馴染み深いものになっていました。

 怒った父からはたびたび「俺の援助なしで生きてみろ」「俺の金で買った家から出ていけ」とまくしたてられたし、できるものならそうしたいと常々思っていました。

 中学生だった私には頼れるところなどありませんでした。一人で生きていくために働くあてもありませんでした。友達はみんなちゃんとした家にすむちゃんとした子たちばかりで、深夜に逃げ込むどころか電話をすることすら憚られました。もし、彼らが私のことを歓迎してくれたとしても、電車を使わなければいけない距離でした。父の怒りはたいてい深夜まで続き、その頃にはもう、とっくに終電がなくなっていました。

 警察に逃げ込むという発想もあったけれど、この程度の被害は虐待とも呼べないだろうとか、同情すらしてもらえないんじゃないかとか、最後は父のもとに連れ戻されるに違いないとか、そうしたら父はもっと激しく怒るだろうとか、そういう想像ばかりが頭を占めていました。結局、警察を頼ることは今に至るまで一度もできていません。もしあの時駆け込んでいれば、何か変わっていたのかもしれない、と思うこともあります。後の祭りですが。


 父の怒りが静まり部屋に戻った後、私はよく母に電話をしては「お母さんの所に行きたい」「もうこんな家出たい」と泣きついていました。

 母が「うちにおいで」と言ってくれたことは一度もありませんでした。「明日も学校あるんでしょ」「交通費が〇万円もかかるんだよ。そんなお金ないでしょ」「(妹)はどうするの?おいていくの?」「高校卒業まで我慢すれば離れられるんだから」

 そんな言葉で、私の訴えは何度もかわされました。

 それでも吐き出さずにはいられなかったのは、その頃の私にとって、母が唯一私の痛みを理解してくれ、寄り添ってくれる存在だったからでした。


 私はこの時どうすればよかったのか、今でもよくわからずにいます。


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