すれ違う友情
石を拾ったその夜から、李恩の夢枕に巫女装束の美しい人が現れるようになった。井戸の傍に黙って俯き佇む姿は、まるで白鷺の様に儚くたおやかで、話し掛けようとしても声など出せず、李恩はただその者を眺め、その装いに、これはきっと井戸に捧げられた生贄の乙女に違いない、山の主はこの者を取られたくなくてあんなに怒ったのだと思った。
凄い物が手に入ってしまった。
李恩の胸は益々高鳴った。
あの雪貴の驚く顔が見られると。
しかし、週末の休みが明けて李恩が学校へ行くと、雪貴は十日程欠席になるだろうと教師が告げた。級友達に理由は知らされず、李恩は巾着に入れて持ち歩いているあの赤い小石をつまらなさそうに撫でた。せっかく見せて自慢しようと思っていたのに。彼が学校へ出て来るまで待とうかと思ったが、どうも待ちきれず、放課後友の屋敷を訪ねる事にした。
道すがら、李恩は話を聞く友の顔を想像して頬を紅潮させた。
大人でも行かない山道を登り、放置されたままの祭壇や井戸を見た事。石を拾った時の凄い風の音。毎夜現れる巫女装束の井戸の精霊の事。話したい事が沢山有って、何だか嬉しくてどうしようもなかった。
如月の家の前で牛車を止め、従者に自分が来た事を家の者に告げて雪貴に面会を頼むと、男に付き添われて彼が現れた。しかし、彼の痛々しい様子に李恩は驚いた。腕を白い布で吊り、足を引き摺っている。顔も目の上を切ったのか打撲したのか包帯が巻かれていた。
牛車を降りて来た李恩を見るなり、彼は気だるそうに溜息を吐き手招きをした。心配顔をしたものの、思わず笑い掛け近付いて来た李恩の腕を雪貴はいきなり強く掴んだ。
「お前は何とも無いのか。山の古井戸に行ったんだろ。その時、鰐を連れて来たのに気付かなかったのか。何でそんな所に行った!」
李恩を睨む雪貴。思いも寄らない事を言われ李恩は友の顔を見た。
「えっ……鰐? ぼ……僕、知らない。」
「嘘を吐け! 私は慌てて山から駆け下りて来たお前と擦れ違ったんだ。一緒に逃げて来たお前ん家の小間使いの小僧は恐ろしくて布団から出られないって震えてるそうだ。昨日特務隊がそいつに憑いているモノを祓いに行った。」
李恩は、身の奥から震えが上がって来るのを覚えた。しかし、それはただの震えではない。
彼は雪貴の手を振り払った。
「し・知らない……山になんて行ってない。」
足を引き摺りながら雪貴はにじり寄った。
「その鰐に襲われて、もう少しで玉蘭にまで怪我をさせていたかもしれないんだ!」
そいつと遭遇したのはただの偶然だったのだろう。
李恩と少年を追い掛けて山から下りて来た黒い影が、彼等ではなく自分に矛先を変えたと察知した雪貴は、とにかくヤツを引き付け牧草地の方へ銀嶺を走らせた。この先で何も知らずに自分を待っている玉蘭から一歩でも遠くへ行かなくてはとの一心で。恐ろしくない訳が無い。それでもやらなくては、この身がどれだけ危うかろうと、彼女にだけは手を出させない。そんな強い思いが彼の眼差しに力を与えていた。
彼が今まで見せた事も無い雷光の様な強烈な眼光に、李恩は涙を必死に堪えた。
「僕……知らない、そんな事。」
雪貴はそんな彼に言い放った。
「お前、私にも本当の事が言えないのなら。もうここへは来るな、絶交だ。帰れ!」
目の前で扉が閉まった。
李恩の中で何かが音を立てて崩れ流れた。それは黒い影となり李恩の懐の石に吸い込まれて行くが、彼がそれに気付く事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます