石を愛でる少年
如月公隆が鰐の調伏に失敗して命を落とす事となる日より少し前、大旱魃からは十年の時が過ぎていた。
蓮家の幼い跡取り息子の李恩は、その日も珍しい物を探して年の近い供の者を連れて歩き回っていた。と言うのも、親友の雪貴が、学校でもやたらと許婚の玉蘭とばかりいるようになって、中々一緒に遊べなくなった為、家に行こうと思っても、用も無いのに何しに来たと言われそうで、話のきっかけに成るなら、それが何の変哲も無いただの小石でも良くて探しているのだ。それに玉蘭と雪貴の婚約がどんな意味を持っているのかも知らず解消などと軽々しく言い出した事を謝りたいのも有った。そのせいで雪貴に嫌な思いをさせたのではないか。自分達の関係が気まずくなっても困る。色んな事が幼い李恩の小さな胸中を巡っていた。とにかく珍しい何かを出汁に雪貴と二人だけで話しがしたかったのだ。
この辺りの河原は既に探し尽くした。何処か変わった物が有りそうな場所は無いのかと供の者にせがむ李恩。困った少し年上の彼はやむなく、言葉を濁しながら、連れて行った事を誰にも内緒にするのならばと、山の中腹に有る古井戸の事を話した。随分前に起こった山崩れの後は訪れる者は減ったが、そこならばあるいは何か有るかもしれないと言った。
まだ二人とも幼く、自分達が生まれる以前に起こった大災害の際の、数々の悲劇の事など知る由も無い事だったのである。
子供の足で登るには遠く、とんでもなく険しい山道を行った所にその場所は有った。
人が通わなくなってどれだけ経つのか、草深くなってしまっているとは言え、祭壇の跡も、手を清める手水もしっかり残っていた。湧き水をそのまま使っていたのか、青緑色の石で出来た大きな丸い手水鉢には、今でも清い水が滾々と注がれていた。
引き寄せられる様に、李恩は水の中を覗き込んだ。沢山の白や黒の丸い石の中に唯一つだけ赤く鈍く光る物が見えた。それを見付けた彼は、袖口を濡らしながら恐る恐る手を入れて水からそれを拾い上げた。
手の平に乗せたその小石を見た瞬間、期待以上の物に、李恩は胸が高鳴るのを覚えた。思わず陽に透かして見ると綺麗な赤い透明な部分と黒く濁った所が有り、形も丸い石が幾つも繋ぎ合わさったような形をしていて何とも不思議だった。水の中を転がって来たのであれば単純に丸い筈なのに。しかし彼にはその歪みも好ましい個性にしか見えなかった。
「雪貴君に見せたら、面白いって言ってくれるかな。」
李恩は供の者と顔を見合わせ笑ったが、ふと、何故か最近自分を避ける様になった友の顔が過る。それでも思い直し、その石を巾着袋に入れ、彼は大事そうに懐に仕舞った。
その途端、辺りを轟々と唸る風が木々を揺らした。
それはまるで、山の主の怒りの声の様にも聞こえ、供をして来た子供がいきなり青褪めて金切り声を上げた。それを聞いた李恩も連鎖したように急に恐怖に駆られ、子供等二人は転がる様に山を駆け下りた。
無我夢中で、その時何処をどう走り家まで帰ったのか李恩は全く覚えていなかった。
李恩のお供をしていた子供は、その日から熱を出して寝込み、宿下がりしてそれっきり蓮家の屋敷に戻る事は無かった。
その時は、まさか二人の子供がそんな曰く付きの場所へ行っていたとは、大人は誰も気付いていなかったのである。
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