恨みに染まる魂石
三太夫…元は古い潟に棲む齢千を超えると言われている亀だ。
潟の畔の何処かに棲み、魚を捕る漁師たちにとっては豊漁をもたらし、海の安全を護る神のような存在だった。そして海で命を落とした者達の夢が夢魔に食われてしまう前に、その中に残る暖かな想いを、家族や恋人など愛する者達に夢枕越しに届けると言う一面も持っていた。それ故に別名を 夢喰いと言われていた。
亀が腹に納めていたのはどれも穏やかな夢だった。
それが或る日、奇妙なモノを宿す事になって豹変してしまったのだ。
或る少年の手を経て世に転がり出た石だ。憎しみに囚われた鰐に引き裂かれ果てた男の嫉妬と絶望、報われない想いが逆恨みと言う闇に沈み、時を経るごとに更なる邪となり、小石の様な形になった歪な魂石だ。徳松と、鰐と化した奏太である。何時もなら恨み辛みなどに染まった不浄の物は、腹の中で硬く纏めて吐き出し、清い水の流れに任せて浄化させるのだが、その石だけは三太夫にも上手く行かなかった。
徳衛門の家族を襲った鰐は、鉄砲水で唯一人行方の分からぬままの奏太の遺骸を
人を喰っただけでは古狸は鰐には成らない。
雑食の狸は他の獣に交じって死骸を漁って満腹になり、たまたま徳衛門の家の縁の下で昼寝をしていたのだ。その時狸は、偶々奏太を雨乞いの生贄に選んだ神託の矢の不正の真相を理解も出来ない人の言葉で耳にしたのだ。
狸に喰われ彷徨いながら付いて来ていた奏太の魂は、偶然聞こえて来たその不条理に意図しない怒りと憎しみに悪霊へと化け、狸を鰐に変えると徳衛門の一家を襲い、徳松の魂をその喉元を噛み切ると同時に喰い尽くしたが、正気に立ち返った奏太は鰐と化した己と目の前の惨状に愕然となった。
鰐と化していたにも関わらず、奏太が正気に戻ると同時に魂の暴走は奇跡的に鎮まり、辿り着いた精霊の井戸で彼は力尽きた。
そのまま穏やかな静寂の中に有れば、誰にも知られず現世に下りる事も無く井戸の傍の泉に沈み、そのまま水の力で浄化され、闇に染まった二人の魂も溶けて行くはずだった。
そんな恨みの石が、三太夫の元へ辿り着くまでの経緯は何とも皮肉なものだった。
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