宴の後

  

 宴の翌日は、まだ家に残っているお客達に朝食を出したり、入浴を勧めたりと、何やかや騒々しいまま過ぎて行く。必然的に子供にまでは手が回らず、彩季は月の間の如月と共に食事を済ませた後、案内をすると言う名目で銀嶺に乗って出掛ける事になった。実際は彼に案内をしてもらうのだが……

 自室で野駆けの準備をしている彩季の所へ藤間がやって来た。

「蓮家の従者が、李恩様からのお手紙を持って参りましたが、何やらあちらの家では取り込み中とかで急いで帰ってしまいましたので、お返事は後ほど私が届けに参ります。お書き上げになられましたらお呼び下さい。」

 李恩の名前を聞いた途端、彩季の脳裏に調伏の舞の最中に投げ込まれた糸の事が浮かんだ。あの時、彼と目が合った。自分が見ていた事に彼は気付いていた筈だ。

「李恩君から? ありがとう。」

 彩季は藤間から手紙を受取った。

 彼は、慣れない袴を着けるのにもたついている 主(あるじ)を見て、素早く手を貸して大凡は完了させたが、細かい足袋などはまだである。

「お手伝いして差し上げたいのですが、お客様のお風呂のお手伝いをと、殿からのお指図ですので、申し訳有りませんが私はこれで。」

 本当は自分で出来なければいけないのに、何時も彼に手伝ってもらっているのだ。

「別に構わないよ。後は自分でやるから。」

「では失礼します。」

 頭を下げたまま藤間が退出して行くのを待って彩季は手紙を見た。如月の友人李恩は口止めでもしようと言うのだろうか彼の性格も何も分からなし、中身は如月にも一緒に読んでもらった方がいいに決まっている。しかしあの蜘蛛の様な糸の事について書いてあったら、彼がそれを知ればどうするだろうか。間違いなく事件勃発だ。今回は、最悪の事態は回避されたが、あれが起因して痛ましい事故が起こったとなれば、如月の心は納まらないだろう。しかし、彼ももう今は子供ではない。

 藤間と入れ違いに如月がやって来た。彼の方はすっかり野駆けの準備が整って、桃色の着物に濃い紫の袴を着けた格好だ。彩季がまだ着替え途中なのを見て、着物の細かな緩みや皺をしっかり直してやりながら、手紙が届いたと聞くと途端に彼女の手元を覗いて来た。

「珍しいな。あいつがそんな物を寄越すなんて。覚えている限りでは一度も貰った事が無いんだが、見せてもらっていいか、どうせ私に宛た物なのだし。」

 着付けが完了し、恥ずかしそうに如月を見て、ありがとうと、礼を言いながら、

「確かにそうね。でも、一回見てもいい?」

 どうせ大した事は書かれていないだろうと如月は快諾した。

 彩季は手紙を開けて中を読んだ。予想通り内容はとても端的で、必要以上の事は何も書かれていなかった。

 やはり如月には蜘蛛の事を打ち明けるべきだと彩季は思った。

「如月さん、昨日の神事の時、お父様の腕や足を止めた糸を刀で切ったと思うけど、あれを李恩君が投げ込むのを私、見たのよ。」

 それを聞いた瞬間、手紙を開いて読もうとしていた如月は彩季を見た。何を言われたのか一瞬分からない様だった。

「それで会いたいって言ってるのだと思う。」

「そんな大事な事を……確かなのか?」

「ええ……本当よ。」

 あまりの驚きに、言葉が出ない様子で如月は手紙の文面を見た。

「あいつもまだ子供だぞ。父上を止める程の糸を紡げるはずがない。しかし……」

 如月は悲痛な表情を浮かべ目を閉じた。

「……李恩。」

 普通の友人関係ならば、あいつがそんな事をする筈が無いとか、見間違いだとか、こちらを疑うような言葉が出そうなものだが、彼の口調は何処か違っていた。

「さっき藤間さんが、李恩君の家で何か起こっているって従者の人が言ってたって。」

 如月は手紙を彩季に渡すと、

「何だろうな。ちょっと情報収集に行って来る。藤間は何処にいると言ってた?」

「お風呂でお手伝いしてるって。」

「そうか。」

 如月は廊下に出て足早に行ってしまった。


 母屋の方へ如月が入って行くと、入浴を終えのんびりしていた客達が、何やら急な物々しい雰囲気に慌て始めていた。

 その中で、急遽出立となった客達を送り出す藤間を見付け、如月はすかさず何事かと聞いた。彼は事態の把握はしているものの、余りの事に半信半疑なのか半ば呆然としている。

「それが……蓮家の郭雲様が守警隊本部に連行されたとか。あっ、こんなお話し、現世人の貴女様に申し上げましても……」

 如月は心底心配そうに藤間を見た。

「李恩君のお父上が? なぜ?」

「あの方をご存知なのですか?」

「昨日、雪貴君達と……」

 適当に誤魔化す如月。

 さすがの藤間の洞察力も表情も冴えない。

「そうですか。嫌疑は昨日の調伏の儀を妨害なさろうとした事です。殿が足を止められたあの一瞬に何かが有ったと。詳しい事はまだ知らされておりません。これから蓮家は大変でしょう。先程の若君へのお手紙には何と書かれていたのでしょうか?」

「呼び出しです。近くの睡蓮の池に来てくれと書かれていました。雪貴君が私に見せてくれたんです。蓮家はお父上の事で混乱しているでしょうね。」

「だと思います。呼び出しには応じになられない方が得策だと若君にはお伝え頂けますか。様子を見た方が良いと思います。もう暫くしましたら私も若君のお部屋に参りますので。」

「そうですね。私も雪貴君が心配だからお部屋に行ってます。」

「宜しくお願いします。」

 藤間と別れ、彩季の所へ戻りながら昨日とは打って変わった空気に如月は眉を顰めた。家の中がざわついている。まるであの日のように。公隆が亡くなったあの……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る